Vol.19 気仙沼 日本酒、だから今夜もまた一杯

 

2018年、今年もよろしくお願いいたします。

今年のスタートは気仙沼、地酒の蔵元です。

このブログのテーマは伝統工芸ですが、皆さんもう気づかれている通り、

大切にしているのは、コンセプトブログ(いまあらためて見ると懐かしい)にも書いた「自分の中での伝統工芸」です。

それは一口で言えば、

昔から、その土地で、その土地の財産を活かして、代々作られ続けてきた、ものづくりの姿、です。

勢い「あんたがやってるの、それ伝統工芸じゃないよ」って言われても仕方ないんです。

だって、「自分の中での伝統工芸」だから。

 

2018.1.8

街も人も、また好きな場所が増えました

大竹一平

 


日本酒が伝統工芸じゃないのなら……

 

 2018年の1回目、今回お邪魔したのは、宮城県気仙沼市にある蔵元「男山」。そう、日本酒です。

 日本酒って、いわゆる伝統工芸じゃないんですよね。でも、今回酒蔵見学をさせてもらってほんと思いました。「日本酒が伝統工芸じゃなくて、なにが伝統工芸なんだ?」って。

 ちなみに、経済産業省によると、伝統工芸の定義は以下だそうです。

 

 一 主として日常生活の用に供されるものであること。

二 その製造過程の主要部分が手工業的であること。

三 伝統的な技術又は技法(注)により製造されるものであること。

四 伝統的に使用されてきた原材料(注)が主たる原材料として用いられ、製造されるものであること。

五 一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているものであること。日本人の生活に密着し、日常生活で使用されるもの。

(注)具体的には、100年以上の歴史を有していること。

 

 これを見ると、じゃあなんで、日本酒は、いや焼酎も、伝統工芸に認められてないんだろう。他の伝統工芸と比べて、どの要素が欠けてるんだ?

 いい機会だから、ここで国にもぜひ、伝統工芸の定義をあらためてほしいです。なにがどういい機会なのかは横に置いておいて。

 

 それはさておき。

 酒、おもしろいですよね。世界中にいろんな人種があって、いろんな文化があるのに、たいてい酒は世界中どこにでもある。しかも、たいてい世界中どこにでも酒好きはいる。人類史上そこまで純粋無垢に愛されてる存在って、歌と酒ぐらいじゃないですか?

 そしてその日本代表といえば、焼酎もさることながら、やはり日本酒と言ってしまいたくなります。なんせ名前からして日本酒だし。個人的にも、日本酒“も”大好きです。“も”、と言ったのは、好きな酒ランキングとしては実はビールが筆頭で、鼻の差で日本酒、世界中の赤・白・ロゼワイン、スコッチやバーボンのウィスキー陣、世界中の土地土地に根ざした壮麗な焼酎、個性限りないリキュールなどなど、それら全部が同率2位、お酒はなんでも好きだなあ。

 

好き嫌いはしません

 

陸が三つで三陸?

 気仙沼といえば三陸、宮城県。宮城といっても仙台なら感覚的に東京からは近いです。新幹線に乗れば90分、西に向かえば名古屋と同じぐらいで、ふらっと行ける距離感です。

 ただ、行く先が気仙沼となると、状況はちょっと変わります。実際、最速の新幹線に乗って一関を経由しても4時間ちょい、多くの場合だいたい5時間は見ておいたほうがいいぐらい。日本も広いですね。だからふらっと行くというよりは、それなりに心の準備というか、“行くぞ”という気合いと計画が必要になります。ぐっと“みちのく感”が高まり、旅に出るテンションになる。それもまた楽しいお出かけです。

      

 今回、あらためて気仙沼へ行くにあたり、ふと思ったのが、三陸という地名。曖昧に抱いていたイメージでは、宮城の松島のあたりから岩手の釜石や久慈あたりまでを三陸と言うのかな? 陸が三つって、どの陸が三つなんだろう?

 「三陸」の地名の由来を知らなかったなと思い、調べてみました。

 

 

コトバンク(ブリタニカ国際大百科事典小項目事典の解説)より

三陸

宮城県、岩手県、青森県の3県にまたがる三陸海岸と、その内陸部の北上高地を含めた地域。三陸とは陸前国、陸中国、陸奥国の3国の総称。

 

 

 なるほど、陸前、陸中、陸奥、その陸が三つで三陸なんだ。そして八戸までを三陸って言うんだ。知らなかった。

 

 実は2017年に入ってから気仙沼へ来たのは2度目です。1回目は夏。車で東北道から三陸自動車道を北上して、東京からざっと6時間強。ただ今回は、いろいろあって唐津の岸田さんの「鳥巣祭り」から直行したので、福岡から仙台空港、そこから列車を乗り継いで向かいました。要は福岡から東京に帰る飛行機より、仙台に向かうチケットのほうがなぜかぜんぜん安かったので、予定をまとめたんです。

 

 ただ、結果的にこの行程はなかなか楽しい道のりでした。

 福岡から仙台への航路は西日本を抜けると金沢、富山、新潟と日本海の沖合を北上し、そこから福島を横断していったん太平洋に出るルート。北陸の延々と続く山並みとか、新潟の上空から日本アルプスや越後山脈の向こうにちょこんと見える富士山とか、東京発だとなかなか見られない景色が続きます。仙台から先は東北本線の鈍行で収穫の終わった田んぼの中を一関へと向かい、そこで待っていた大船渡線はほのぼのとした2両編成のディーゼルカー。タフで強力なディーゼルエンジンをうんうん唸らせながら、北上山地を越えて海沿いの気仙沼に入ります。空から陸から、秋の終わり、または冬の始まりのような日差しのなか、日本の背骨とみちのく三陸の景色をたっぷり満喫する、そんな旅になりました。

 

唐津から気仙沼へ、普段はなかなか辿らない道のりです

 

なんか、いい雰囲気

 さて、酒蔵です。

 おじゃまさせていただいたのは、株式会社男山本店。1912年の創業から続く「伏見男山」や、いわゆるプレミアム地酒「蒼天伝(そうてんでん)」をつくっている蔵元です。地元の気仙沼や仙台で昔から親しまれている「男山」、それに加えてより気仙沼らしくを意識し、日本と世界の酒飲みに「気仙沼の酒」を伝えようという気概を込めた銘柄が「蒼天伝」のようです。たしかに、東京で見かける機会が多いのは「蒼天伝」かもしれない。

 男山本店があるのは気仙沼駅から2キロ弱、港から高台に向かって少し歩いて5分ほど。そこで「へー」と思ってしまったのは、日本酒の酒蔵ってなんとなく山奥にあるイメージが染み込んでいたんですね。でも、考えてみれば、海沿いの酒蔵だって珍しくはないんです。あの酒とかあの酒とか、あの酒もそうだ――。

 

 小高い山をバックに建つ男山本店は、煙突と壁にドシンと書かれた「伏見男山」の文字が目印。日本酒を仕込んでいると思われる建物の向かいには、お酒を運ぶ6本入りのケースと大量のビンが並ぶ建物があります。最初に案内していただいた営業の加藤勇一さんに聞くと、「ここは瓶詰め工場なんです」と。出来立てのお酒がここで一升瓶や四合瓶に詰められ、ケースに入れられて各地へ向かうわけです。そっか、酒蔵って酒をつくるだけじゃないんだよな。酒を詰めなきゃ、出荷できないもんな。

 

 

 それにしても。

 なんかいいなあ、この規模感。

 

 1階と2階を使う工場棟と、それにつながる事務所。たしかに、これまでこのブログで巡ってきた職人さんの多くは1人で工房を構える人が多かったので、それに比べれば格段に工業的で、しっかりガッシリした設備を持った工場です。そこでは日本酒を仕込んだり瓶詰したりする人、「蒼天伝」や「男山」を持って日本中を駆け巡る加藤さんのような営業マン、またそれを支える事務の人、大勢の方がここで仕事をしているんだと思います。ただ、お世辞にも大規模な工場ではない。いや、「大規模」っていう言葉が似合わない雰囲気というか。

 

 なんて言えばいいのか。失礼な言い方かもしれないけど、田舎の親戚一同が全員集まったらこうなっちゃった、そんなふうな蔵にも見えます。そこにたたずむ機械からさえ、なにか親しみがにじみ出ているような、ほのぼのと温かな工場。

 不思議だな。工場の入口に立ってるだけで、なんで自分はこんなに和んでるんだろう。

 もちろん、ここは真剣勝負の仕事の場で、癒しの場でないのは分かってるんですけど、ね。

 

杜氏から直々に

 いよいよ蔵元見学です。案内していただくのは、杜氏の柏大輔さん。杜氏さん直々に案内していただけるんだ。すごいな。

 工場は、日本酒づくりの流れそのままに設備が配置されており、酒づくりは酒米を精米し、洗い、蒸すところから始まります。柏さんの説明は実際の作業とそれに必要な設備を見ながら進み、なにより分かりやすかったのが工場見学用に作られたオリジナルのパネルを手に説明してくださるところでした。

 

 「いい酒をつくるために大切な工程はいくつかあります。その中で、私たちはお酒の味を左右するのは米だと思っています。だから最初に米を精米し、洗い、水に浸し、蒸す、この行程はとても大切だと思っています」

 

 「精米って、米を削るんですよね? 日本酒はお米をものすごく削ってつくるって言いますけど、やっぱり味が違うもんなんですか?」

 

 「いろいろな言い方があるようなんですけれど、精米歩合(せいまいぶあい)というのが、お米を残す割合です。蒼天伝の大吟醸の精米歩合は35%。お米の中心の部分を心白と言うのですが、お米を外側から削って、中心の35%を使います」

 

 「35%っていうと半分以上を削ってるわけで、やっぱり贅沢ですよね」

 

 「そうですね。贅沢だと思います。表面の部分をお酒にすると、雑味が出てくるんです。成分削る歩合を高めるほど、お酒にした時の味がクリアになっていきます。ただ、たくさん削ったお米というのは、とてもデリケートなので、扱うのにとても神経を使います」

 

 「米の大事な部分を守っている鎧をどんどん削ってしまうイメージがありますもんね」

 

 「これを見てください」というパネルは、水を吸ったお米を拡大した写真でした。

 

 「この粒が精米したお米です。普段食べているお米の形とはだいぶ違うでしょう」

 

 「ほんとだ。ほとんど楕円形ですね」

 

 「この写真はきれいに水を吸わせることができているんです。水を吸わせるのは米の3割まで。水が浸透した周辺部分は白くなって、真ん中が透明になってますよね。ここまで水を吸わせたら、次は蒸します」

 

 「この段階、3割吸わせる段階を見極めるのは、人の判断によるんですか? それともそういうのを計る機械があるんですか?」

 

 「人の判断です。その時の米の様子を見ながら、担当者の判断で蒸しに進めます。判断も大事だし、お米そのものの質も大事なんです。この写真のように上手に吸わせるためには、いいお米でないといけないんです」

 

 「いいお米?」

 

 「米が割れてしまうのが私たちにとっては一番困るんです。粒がしっかりしていて、形を保っているのがいいお米。米を削り、水を吸わせるのは私たちの仕事なんですが、いいお米を作っていただくのはお米農家の方々。そういう意味では農家の方がいいお米を作ってくださって、それではじめていいお酒が出来ます」

 

 農家と酒蔵、そうか、米ってやっぱり日本酒の命なんですね。

 夏が暑い年のお米は固くなり、高温障害と言われるそうです。最悪なのが、暑い夏の後、秋に入って長雨が続くこと。そうするとお米が割れやすくなり、酒づくりにはとてもやっかいなお米が増えるんだと。そういう意味では、酒づくりは自然による部分も大きいわけです。今年はどんな夏になるんだろう?

 

それにしても。

もし自分が米の状態を判断する仕事を任されたら、けっこうなプレッシャーだろうなあ。

 

杜氏の柏大輔さん

穏やかな口調で素人相手に的確かつ丁寧な説明をしてくださる

なにより男山本店でつくる酒はもちろん、日本酒全般への強い思いがひしひしと伝わってきます

 

 お米に水を吸わせたら、蒸しに入ります。男山本店では、仕込みをしている期間は毎朝8時頃から蒸す作業を始めるそうです。もちろん蒸し方にもコツがあり、柏さんの話によると、「ガイコウナイナン」で蒸すのがいいそうです。ガイコウナイナン?

 

 「お米は最初は水(蒸気)で蒸して、後半の15分は風に通します。そうすると、外は硬くて内側は柔らかな、外硬内軟(がいこうないなん)の蒸米になります。これが酒づくりに理想の蒸米と言われています」

 

 柏さんは物静かな口調で、時に少し考えながら、言葉を丁寧に選んで説明していきます。静かな口ぶりの中には凛とした佇まいがあり、誠実さと真剣さ、なにより日本酒への思いがにじみ出ているようです。当たり前ですけど、職人さんなんだなあ。

 

米を洗い、水に浸し、蒸す

 

1つ1つをパネルを使い、物に触れ、聴く

どんどん日本酒に詳しくなり、日本酒が愛おしくなってくる

 

酒づくりと寒さの秘密

 

「次にこちらへ来てください」

 

 すでにいろいろと話を聞いた気になっていたものの、思えばまだ米を研いで洗って蒸したところだけ、ほんの入口でした。入口だけど大切な過程を一通り見てから隣の部屋に移ると、大きなタンクが並んでいました。木の階段を上って2階に上がると、タンクが大きな口を開けているのが見えます。

 

 「ここでいま、お米が発酵しています」

 

 蒸米は一度5℃まで冷やされ、そこに麹菌をかけていくそうです。麹菌は米を発酵させるために欠かせないもので、文字通り“菌”なので、低温だと活動は鈍る。実際、麹菌の活動が活発になるのは32℃だそうです。まさに梅雨時の気温のイメージですよね。しかし、この工場の2階は湿度を感じるものの、温度はおそらく10℃あるかないか。しっとりと冷たい空気がじわじわと身体に染みてくるような環境です。

 

 そう、そこで、ですよ。

 個人的に、日本酒に関してずっと思っていた疑問があったんです。

 

 「あの、気仙沼もそうですけど、日本酒の酒蔵って寒い地域に多いイメージがあるんです。でも、そもそも米を発酵させようと思ったら、暖かい南国のほうが向いてるんじゃないかと思うんですけど……」

 

 「あぁ、なるほど。ただ、日本酒をつくる過程は、どちらかというと発酵をできるだけ抑える作業になるんです」

 

 「え、抑えちゃうんですか?」

 

 「そうなんです。たとえば蒸米に麹菌をかける時、蒸米にまんべんなくかけるのでなく、一部だけにかけます。麹菌は米の内側まで根を生やすことで、その酵素力で米のデンプンをブドウ糖に変えていくのですが、麹菌を蒸米の一部だけにかけるのは、麹菌の力で蒸米全体に広がらせるためです。そして外硬内軟に蒸すのも、表面の硬い部分を破って、内側に根をはらせるため。そういう環境を作ることで、力のある麹を育てるためなんです」

 

 「発酵を抑えることで、力のある麹ができると」

 

 たしかに軟弱な麹よりは、力のある麹からできる酒のほうが、旨そうな気がします。イメージだけど。

 

 「それに、暖かいと麹菌もそうですけど、雑菌も増えやすくなります。それらの理由が合わさって、蔵の中の適温は5℃が理想なんです。だから酒づくりは東北など寒い地方で、しかも秋から冬に仕込むのがいいんです」

 

 「そうか、だから冬なんですね」

 

 「もっとも、冬に仕込むのは別の理由もあるようで、私がここに入社した頃はまだ、杜氏さんは岩手から来ていたんです。春から秋の農作業が終わって、雪が積もる季節は出稼ぎとして杜氏をする人も珍しくなかったようなんです」

 

 南部杜氏ってやつだ。そうか、米づくりが終わってから酒づくり、そういう流れだったんですね。一気に疑問が解決し、点だけで知っていた事象が線から面となって広がりました。

 

米の表面に黒くなっているのが力をつけつつある麹菌(説明用パネルから)

 

力のある麹にやられる

 

 ん?  柏さんがタンクの淵で手招きをしています。

 

 「このタンクの中で発酵して、醪(もろみ)が育っています。音が聞こえますか?」

 

 しゃがんで耳を近づけると、ザーという、遠くで聞こえる波の音のような、細かな泡が無限に立っているような、そんな音が聞こえます。麹ってほんとに生きてるんだ。うわぁ。ただただ、すごい。

    酒母、麹、蒸米と水が加えられ、醪(もろみ)が育っています。酒母というのは酛(もと)とも言われ、発酵させる種のようなもので、やはり蒸米と麹と水を使って作るそうです。麹の酵素力で米のデンプンがブドウ糖になり、そのブドウ糖が酒母の力でアルコールに変わっていく、いままさに、ここで酒が誕生しつつある現場です。

 

 柏さんは続けて言います。

 

 「三段仕込みといって、3回に分けて4日間で麹、蒸米、水を入れていきます。今けっこう力強く発酵してる段階なんですが、試しにここにしゃがんで、こうやってみてもらえます?」

 

 柏さんはしゃがみ込んだ状態でタンクの中に手を伸ばし、中の匂いを確かめるように手のひらを仰いでいます。

 

 「?」と思いつつい、言われた通りに仰いでみます。「ん? いいんですか?」、匂いでもするのかな?

 

 「どうぞどうぞ、麹から15から20センチぐらいのところで、ゆっくり手を仰いでみてください」

 

 「!!!!」

 

 言われた通りにやって、瞬時にパニックしました。「あっ」とか「うっ」とか言う暇もないほどに。手を仰いで空気を嗅いだ瞬間に息が詰まり、上半身をのけぞって咳き込んでしまいました。なにが起きたのか分からないまま、タンクに向かって咳き込んだらイカンとのけぞるのが精いっぱい。匂いはほぼ感じません、いや感じる暇もなかったのかもしれない。喉や鼻にツンと刺激がくるという感じでもありません、刺激を感じない刺激。どっちにしても息ができない。なんだこりゃ。

 

 「そうなんです。力強く発酵して、ガスが出てるんです」

 

 パニックした人(おれです)を傍目に、変わらず物静かに柏さんが説明してくださいます。

  あー、そうか、なるほど。発酵だからガスか……。全身でよく分かりました。にしても柏さん、すました顔してなあ……。

 

聞こえますか? 麹が発酵しつつある音が

 

気仙沼の酒だから

 

 発酵は20日から30日かけて行われ熟成が進められ、その間、細かな温度管理がまた大切になるそうです。純米酒で7℃から15℃まで、吟醸酒は5℃から12℃まで、0.5℃単位で温度を上げて発酵させ、0.5℃ずつ下げて落ち着かせていくと。温度を上げるためにタンクを巨大な電気毛布でくるんだり、下げる時は水を通したパイプをタンクに張り巡らせたり、細かく細かく面倒を見て、ようやく酒になっていくわけです。

 

 「仕込みが始まると天気予報が気になって仕方ないんですよ。特に冬の始まりの頃は急に気温が上がったり下がったり、気温の変動が大きくなる日もありますから」

 

 「その様子を把握して温度管理するのも人の経験によるわけですよね。発酵させるのも難しそうだし、やっぱり酒づくりの中では大事な部分ですね」

 

 「そうなんです。ただ私たちが思うには、それでもやっぱりいい米がないといいお酒はできない。だから発酵も大事ですけど、一番は米だと思っています」

 

 醪は最後に絞られ、多くは火入れという63℃での熱処理がなされ、清酒として瓶詰めされていきます。どの工程も大切で、どの作業でも繊細な気配りと判断が繰り返されつつ酒づくりは進んでいくわけです。それでもあえて「米が一番」と口にする柏さんと男山本店の姿勢に、あらためて日本酒がなんなのかを知らされる思いがします。

 

 「酒づくりにはやっぱり経験が必要だし、根気がないと無理だなあ」

 

 「ただ、長くやっていれば出来るっていうものでもないんです。やっぱり目的意識がないと。昔の杜氏さんは教えるということがなかったので、私なんかの時代はその仕事を見ながら少しずつ経験を積んで覚えてきたところはあります。今の新入社員は発酵技術にしても農業大学で基礎を学んでから入社してくるので、覚えは早いですよね」

 

 「なるほど、杜氏さんになる人って、今は農大を出る人が多いんだ」

 

 「ただ、大学で基礎は学べても、実際に蔵元に入ると苦労はあると思います。うちにはうちのつくり方がありますし、一口に酒づくりと言っても蔵によって細かな違い、細かいけれど大きな違いがあると思うんです。だから最終的に、その蔵ごとの酒が出来るんだと思うんです」

 

 そう、最初にも書いたように、ここは株式会社男山本店。会社なんです。だから杜氏と言っても社員の一人なわけで、事業計画の下、営利団体としての経営が行われているわけです。そこで、ちょっと会社員的な質問をしてみました。

 

 「僕は純米酒のようなわりとしっかりした日本酒が好きなんですけど、日本中の酒を見ると柏さんも個人的に好きな銘柄ってありますよね?」

 

 柏さんは少し遠い目をしながら、「うん、ありますねえ」と何度か頷きました。やっぱり日本酒が好きなんだろうなあ。いまどの銘柄が頭に浮かんでるんだろう? その表情を見て、なんだかこちらまで嬉しくなってしまいます。

 

 「その中で、日本酒も最近の流行りでは吟醸系の香りがたつお酒が人気だと思うんです。香りが華やかで、味はさらっとしているような。たとえば会社としてはもちろん、経営を考えればそういった売れ筋の酒をつくりたいと思うかもしれません。一方で、杜氏としては自分が好きな味の酒づくりを追及したいと考えるのも当然だと思うんです。たとえば、柏さんが求める日本酒の方向性が会社と一致しない時はどうしてるんですか?」

 

 「うーん」、柏さんは少し考えてからおっしゃいました。

 

 「そこは話し合いですね。ただ、今のところうちでは会社と杜氏の考えが近いので、そういったことはあまりなかったです」

 

 「そこは男山本店の酒が確立しているからですか?」

 

 「うちは気仙沼の蔵元で、ご覧の通りすぐ近くには大きな港があって、たくさんの美味しい魚が揚がってきます。だから私たちはそこで揚がった魚、刺身の邪魔をしない酒をつくる、その考えが基本です。そういった場所柄があっての私たちの酒なので、そこはこれからも変わらないと思います」

 

 うーん、そうか。今度はこちらが唸る番。

 日本酒って、その土地その土地で作られてきたもので、その酒とあわせる肴もその土地その土地の味覚がある。今でこそ日本中で全国の地酒を楽しめるけど、少し前までは地酒のほぼ全てがその土地に住む巨大な綿のような酒飲みたちに吸収されていったわけです。だからこそ、その土地の肴、味覚にあった酒として、全国津々浦々でたくさんの地酒がつくられてきた、と。そのことに、あらためて気づかされました。

 

力のある麹菌が働き、醪が育ちつつあるタンク

 

杜氏として、願いは1つ

 

 「私が就職した30年前は、宮城県内に酒蔵が50軒ほどあったのが、今では約20軒を残して廃業してしまいました。日本酒の消費量も年々下がっているのが現実です。だから私としては日本酒にいろいろな味があって、その分たくさんの人に日本酒の楽しさを知ってもらえるなら、それはそれでいいと思います。日本酒のファンが増えてほしいです」

 

 日本酒のファンが増えてほしい。

 酒づくりに携わる杜氏だから、そう言うのは当たり前でもある。でも、その響きには打算以外のたくさんの思いが込められているように感じました。天気予報を毎日気にしながら細かな温度調整に奔走し、1つ1つ丁寧に酒づくりをこなしていく現役の杜氏としての思い、一人の酒飲みとしての思い、そして先輩たちから受け継いできた“日本酒人”としての思い――。

 

 そうか。分かった。

 最初にこの蔵元を目にしたとき、なんで「大規模」という言葉が似合わないと感じたか。「大規模な工場」という表現は現代的な工場のイメージにつながって、それはそのまま「営利効率最優先」というイメージへ自分の中でつながっていくんですね。でも、この蔵には美味しいお酒を確実に、しかも結果的に効率良くつくるために、必要な手間はもちろん、現代の工業界から見たらもしかしたら非効率的とも言われかねない「人の手」と「思い」がたくさん詰まっているんです。その雰囲気が建物全体から染み出ちゃっているんだと思います。

 

 やっぱりおもしろいな、日本酒。

 うん。じゃあ今夜は気仙沼のために、一杯だな。

 

見学が終わってから試飲させていただいた左から蒼天伝大吟醸、蒼天伝特別純米、梅酒

それとは別に、宿での夕食で飲んだ特別本醸造とささやかな幸せの跡

 

翌朝8時、高台から男山本店を見ると、酒米を蒸す蒸気が

この先もずっと、毎朝この湯気が上り続けてほしい

 

Vol.20 Coming Soon!