旅編

近くて遠い都幾川へ

2016.5.28

木香薫る和紙好みの町へ2  大竹一平



長い序章に続き、ここでは工房にたどり着くまでの話です。ローカル線でガラガラゴトゴトと癒され、昼ごはんを巡ってドキドキしたりズルズルしたりしたあと、自転車でギコギコではなくシューーーンと進みます。しかしこのリード文はなんでこんな子どもっぽい説明になってしまったんでしょう。

始まりはローカル線


紙漉きの体験は5月末の土曜日に行こうと思い、事前に工房へメールで連絡をしました。HPにも登場している谷野裕子(ひろこ)さん宛てです。すると本人から「大丈夫ですよ」とのお返事。もちろん初コンタクト、会えれば初対面なので、柔らかい雰囲気の返信になんとなく温かな気持ちになります。


さて。都幾川までどうやって行くか。

今回は土地勘も十分にあるので、気分的にはだいぶ楽です。

車で行くなら最短コースは自宅のある練馬から関越高速に入って東松山インターを経由し、ゆっくり走っても1時間半見れば十分というところ。

昔よくドライブした辺りでもあるので、勝手知ったる道です。


でもだからこそ、今回は列車で行ってみようかなと。


都幾川に都内から列車で向かう方法はいくつかあって、主なルートの1つは西武線とJR八高線を乗り継いで明覚(みょうかく)駅、もう1つは池袋から東武東上線の小川町駅へ一本で出るルート。いずれもそこから工房がある山へは路線バスで入っていきます。


調べると路線バスは1時間に1本はあります。もちろん多くはないですが、これだけ本数があれば日帰りでも予定は組めます。

しかも、少し前に新聞の地方版で見たのですが、ときがわ町の路線バスはちょっと工夫がされてます。町内のあちこちから乗客を乗せたバスはいったん町の中心にあるターミナルに集まり、客はそこで乗り換えて目的地に向かう「ハブ&スポーク」形式。

広い町内、田舎から田舎への経路を1本1本結んでは乗客が見込めないし、結果的に路線の維持が難しいんでしょうね。なにより「ハブ&スポーク」といえば飛行機の国際線では主流のスタイル、それだけでかっこいい。東京からは都幾川に行くのもバルセロナに行くのも、ハブ&スポークなのです。


次に小川町か明覚か、これは不便を承知で迷うことなく明覚に決めてました。

明覚駅にはトレッキング後やドライブ中のトイレ休憩で何度か寄っていたのですが、雰囲気あるログハウス風の駅舎がいいなと思ってました。機会があって列車で来てみれば景色も違って見えるかもなぁ、などとも。

そしてまさに、その機会が来たわけです。


しかも八高線はディーゼルカーが単線をトコトコ走るローカル線で、明覚は無人駅。行き先はお馴染みでも伝統工芸に触れるといういつもと違う目的で出かけるなら、スペシャル感は多いほうが絶対に楽しいはず。普段乗る列車といえば通勤電車で、それは無味無臭のステンレスの箱で俯きつつ運ばれていくだけ、非人間的状態の繰り返しです。ならばここは一つ、列車のいいとこ見せてもらいましょう。なによりトコトコ走る列車に乗るだけで、格段に“旅感”が上がります。

まあその分、こちらも本数は1時間に1本程度と、便利さなら東武線が圧倒的に上ではあります。


明覚駅
明覚駅

ゴトゴトとリラックスしていく


土曜日の朝、ゆっくり目の10時過ぎに出発します。

西武線を各駅停車と急行を乗り換えながら石神井公園、飯能、東飯能と進み、そこで八高線に乗り換えて高麗川(ここです、高麗川問題の高麗川です)へ。ここから先が電化されてない区間なので、ディーゼルカーにもう一度乗り換えて明覚へ。


乗っていてあらためて思ったのが、この手のローカル線のディーゼルカーって、たいてい編成が1両とか2両と短いこともあり、走る姿を見かけるとトコトコと可愛らしいイメージがあります。でも実際に乗ってみると、ディーゼルエンジンの鼓動が盛大かつ賑やかで、トコトコというよりはガラガラゴトゴトと武骨で男らしい乗り物です。


しかも、東飯能から先は線路ギリギリまで木が生い茂るような車窓となったりもして、やはり近場とはいえきっちり旅です。鉄橋を渡る時に見える川の水も、実際の3割増しで澄んで見えるようです。

高麗川から乗ると、おぉボックス席。空いている窓際の席に座ります。本当は手元に駅弁とビールでもあれば最高ですが、高麗川から明覚はたった3駅16分、そこまでの余裕はありません。それに土曜の昼近くのわりには沿線にある高校や医大の学生と思われる人などで思ったより席は埋まっており、駅弁を食べてる人はいません。


それでも、無人の明覚駅を降りると、なんだかすっかりリラックスしていました。

そして思っていた以上に、列車を降りた時の印象が違うんです。


なんというか、駅舎はもちろん、信号機の柱、線路1本1本に親しみを感じます。それとなんだか方向感覚も曖昧になり、最初はスマホの地図を開いて方角と道の配置を頭の中で整理して、記憶と照合する必要がありました。駅を出て右と左、どっちに行けばいいのか迷ったわけです。

車で来た時は自分の意志で運転してくるので方向は間違えないし、駅舎を見ても「まあトイレに寄ってみたよ」といった程度だったのが、今回は「お世話になります」と深く頭を下げたくなるような気分です。

ガラガラゴトゴトと明覚駅に着きました。

5月の末になると、もうアジサイが咲いてるんですね。

たどり着いた埼玉うどん


ただもちろん、実際には無人駅で一人頭を下げることもなく、次へと進みます。


明覚駅に着いたのは12時ちょっと前。なんだかんだでたっぷり1時間半はかかりました。時刻表によると、ここからハブ&スポークのハブに当たる「せせらぎバスセンター」へ向かう次のバスは13時06分。1時間以上ありますね。

それは事前に分かっていました。そのバスに接続する八高線が、1時間待ちのさっきの列車だったんです。まあ駅前で昼ご飯でも食べればちょうどいい時間じゃないかと。

ざっと食べログなども検索して、駅前にはなにもないけど、少し歩けば古民家風のお店があるらしいことも。

ただ実際に駅から歩き出してみると、その店までは思ったより距離があったのと、そこまでして着いてみると、店の構えがちょっとわざとらしすぎるかなぁという印象を受けてしまいました。


んー。


時刻表によると、せせらぎバスセンターまでは、バスに乗れば駅からたったの5分。

しかも今着いた店は、駅からバスセンター寄りに歩き出した場所にあります。

そしたら。歩いちゃう?

当初の予定をどんどん変えながら知らないほうへ進んでいくのって、ちょっとドキドキしつつも快感です。バスセンターまで行けばまたなにか食堂か、最悪コンビニがあるかもしれないし。


幸い薄曇りとはいえ天気も良いし、気温は高めだけれど湿度はまだ低く、風もあるので不快ではありません。

というわけで、歩き出しました。てくてくと。その結果、駅からせせらぎバスセンターまでは、ひたすらずっと緩い上り坂だということが分かりました。


すぐに汗だく。


車で通ると気にならないほどの上り坂ですが、歩いてみると、そしてそれが延々と続くと、少しずつ効いてきます。歩くのは好きだし、ゼーゼーとへばるほどではないんですけど、喜んでオススメする感じでもありません。

などと考えているうち、せせらぎバスセンターに着きました。歩いて15分ぐらいかな。


そして嬉しいことに、そこでいいものを2つ見つけました。


1つは「レンタルサイクルはじめました」の大きな張り紙。

もう1つは、「手打ちうどん あたご」の看板。


なんと!

うどんでランチをした後、自転車を借りて工房まで行けそうです。

都幾川に来ることにした時、なんとなく前回の福岡うどんの流れから、今度は埼玉のうどんを食べられたらなぁと思っていました。

ここまで歩いてきてよかった。

バスで来てすぐに乗り継ぐつもりだったら、自転車は見つけられてもうどん屋は気づかなかったかもしれない。前回の佐賀シリーズでも書きましたが、讃岐や福岡と同じく、埼玉もうどん文化圏です。

とうわけで今回も昼はうどんです。


「レンタルサイクルはじめました」の大貼り紙。

はじめてくれてありがとう!

こういうの、あると便利なので大歓迎。

しかもうどん屋発見!

一人でムダに盛り上がります。

埼玉うどん(のセット)の一例。

武蔵野風とも言うのかな?

つけ汁が温かいのが特徴です。

ここのつけ汁にはキノコが入っていて、うどんは太くてコシがあるというか、少しゴワゴワとした田舎風。

同じ埼玉でも、東の加須のうどんはもう少し白くてツルッとしてます。

これはこれで静かに美味いです。

 

 

木の香りとともにシューーーンと上り坂


埼玉紀行が続いていますが、いよいよ工房へ向かいます。

うどんで幸せな気分になったところで、自転車を借りに事務所へ向かいます。


このせせらぎバスセンターは、町がやっている体育館のロータリーに作られたようです。自転車のレンタルも体育館の事務所で手続きをします。

建物に入るとちょうど小学生と思われるバドミントンチームの練習が終わったか、試合の帰りだったようで、子どもたちが整列してコーチのおじさんの話を真剣に聞いています。そんな小学生的緊張を背に受けつつ、自転車の受付へ。


受付事務所のおじちゃんは感じのいい人たちで、「どこまで行くのー」なんて感じで会話しながら、夕方4時半までに返却する旨など説明したり、自転車のタイヤに空気入れでシュコシュコと空気を足したり。

今はまだ午後1時少し前、4時半なら余裕でしょう。


「どこまで行くのー」と言われて、工房のHPで行き方を調べた通りに「建具会館の裏です」と伝えると、事務所に貼られた行き先表をチラと見て、「それなら往復で約10キロ、いやそんなにないか。片道4キロぐらいかな」と。

「帰りはずっと下り坂だから。逆に往きはずっと上り坂だけど、電動アシストの自転車だから。ははは」

「ははは」

と笑ったものの、そっか。ここまでもそうだったけど、ここから先も上り坂だよなあ。思えばどんどん秩父へ越える峠に向かって行くんだもんなあ。

まあ電動アシスト付きっていうし、行けるか。


というわけで、今度はギコギコと自転車です。

いや、実は今回生まれて初めて電動アシスト付き自転車に乗ったんですけど、快適ですね。ギコギコなんて言わない。むしろ漕ぐとモーターのシューーーーーンという音が微かに聞こえてきます。しかもモーターアシストの強さも「強」「標準」「オートエコ」と3段階に調整でき、アシストを受けながら走ることのできる距離までメーターに表示されています。


すご!


これ、きっと自分が子どもの頃に見ていたら、当時の憧れだった6段変速ギアの自転車と相当迷ったと思います。メカ感が自転車のイメージを超えていました。

しかも一漕ぎすれば、グングン走る。

上り坂をたいした苦もなくドンドン上って行きます。


道は1本、迷うことはありません。

都幾川は林業と木材を使った建具や木工、家具作りも盛んな地域です。道ばたの街灯には「木のまち ときがわ」といった飾り看板も掲げられています。

今回向かう工房の目印となる建具会館も、そんな町の特産品である建具や木工品を集めて展示販売している施設なのでしょう。…寄ったことはなかったのですが。

そんな土地だから、自転車を漕いで行くと道すがら大小たくさんの木工製作所を見かけるし、山から伐採されてきた木材が丸太のまま置かれていたりもします。

そして気持ちよかったのが、木の香りを風の中あちこちで感じたことでした。

今日の自転車、正解!


ハブ&スポークのハブ、せせらぎバスセンター。

ときがわ町の路線バスは、いったんここに集まります。

ときがわ町のヒースローで、羽田です。

途中、本気のサイクリスト達にどんどん追い抜かれます。

あの人達の脚はどうなってるんでしょう。

電動ママチャリとは言えひたすらの登り坂、途中この渓谷でひと休みしました。

 

ん? 工房かな?


とはいえだんだんキツくなり、途中で1回休憩を入れながら建具会館につきました。せせらぎバスセンターから30分です。

「裏うらウラ」とつぶやきながら工房を探して建具会館をグルッと回ってみましたが、見つけられません。なんとなく、道ばたに「手漉き和紙 たにの」といった看板があるのかなと思っていたのですが、ないようです。

2周目、今度は建物を注意して見ながら回ってみると、ありました。


え、なんかすごい。

なんだかすごい建物の壁に「手漉き和紙 たにの 体験 販売」と書いてあります。しかも「体験」のほうはだいぶかすれてしまっていて、一瞬読めませんでした。なにがすごいって、控え目に言っても、年季が入っています。

一瞬個人的に沈黙したあと、へー!と思いました。

メールで感じた温かいやりとりがあって、いま目の前の貫禄ある工房を目にして、なんだか妙にワクワクしてきました。

どんな人なんだろ?

いつだって気分は探検家です。 自転車を入り口に置いて、庭を通って建物へ。

なんだか賑やかな話し声が聞こえてきました。

女性の声だから、きっと伝統工芸士でメールのやりとりをした谷野裕子(ひろこ)さんかもしれません。

ついに工房におじゃまして、紙漉きの体験です。

手漉き和紙 たにの

工房はいい感じの建物です。

右側の白い蔵のツタっぷりもすごいですね。

自転車で来ました。

次回、いよいよ紙漉きを体験します。

静かな工房で、

気持ちをギュッと集中させて。

しかし、

出来立ての和紙も、

作る前の材料も、

なぜか美味しそうに見えます。