紙漉き編

訥々とトロトロと

2016.5.28

木香薫る和紙好みの町へ3  大竹一平



ついに工房に着き、紙漉き体験を始めます。職人さんと相談をしながら、ハガキを6枚作ることにしました。静かな山の中の工房で、庭で草を摘み、紙を漉き、職人さんの話を聞く。都幾川を流れる小川のように、澄んだいい時間が流れていきます。

しかも、当初のつもりでは紙漉きをしたところで話が終わるはずが、さらに次へと続いてしまいます。



ついに工房へ

「手漉き和紙 たにの」の建物に近づくと、賑やかな話し声が聞こえてきました。

入口から顔をのぞかせてみると、すぐに「いらっしゃい。紙漉き体験の連絡をもらっていた方ですね?」と、気さくに声をかけていただきました。その方が谷野裕子さん、手漉き和紙の職人さんです。

「いま設計士さんが来て打合せしてたのよ」

最近は建物の内装に和紙を使うケースが増えているそうで、今もその話をしていたそうです。

打合せといっても机を挟んでピリピリ、もしくはお互い無意味にお辞儀しまくりといった感じのではなく、なんとなく地元のご近所さんが集まって次の夏祭りの準備を立ち話でもしてるような、そんな雰囲気に見えました。もちろん、そこで実際に交わされていたのはビジネスの話なんでしょうけど。


職人ですから

谷野さんの傍らにいた、いかにもベテランの職人といった雰囲気の方に「これから紙を漉くの? なにを作る?」と聞かれ、とまどってしまいました。

この方は谷野全(あきら)さん。

そうなんです。事前のメールのやりとりでも「なにを作りたい?」と聞かれていたんです。

実はその段階で「紙漉きをやってみたい」とは思っていたものの、「なにを作りたいか」は考えていませんでした。たとえばハガキや色紙、それに半紙に画用紙、紙といっても大きさや形でいくつかのパターンがあるはずです。

なんとなく、7月に台湾の友人に会う予定が入りそうだったので、そこで渡すお土産を作ろうかなと思っていました。そしたらハガキがいいのかなと。

「ハガキでお願いします」

「6枚ぐらい作ればいい?」


全さん、話し方が朴訥で、使う単語も少なめです。なんとなく表情もいかついので初対面だと一瞬とっつきにくい印象を受けるのですが、少し話すと実はいい人なんだと分かります。そもそも初対面から笑顔全開でトークも滑らかな職人さんって、あまりいないかもしれません。


「葉っぱも入れられるから、6枚分、庭でとってきたら。花も入れられるけど、薄い紙を1枚かけて仕上げるから、あまり厚みのあるものだと出来がきれいじゃない。花なら花弁(はなびら)を1枚ずつ飾るといい。いま草を入れる容れ物を持ってくるから」

アドバイスのままに器とハサミを受け取り、庭に出て、よちよちと草を摘みます。恥ずかしながら、草むしりをするのも久しぶりです。草むしりというか、草摘みですが。


もっと土に近い生活をしないといけないなあ。


土、いい匂いだなあ。


風、気持ちいいなあ。


半ば呆けた状態ですが、年季の入った工房と全さんの静かさの中にスッと芯の通ったアーティスティックなオーラと土の匂い、そんな都幾川の空気にすっぽり囲まれて、不思議なくらいゆったりとした気持ちになっていたので仕方ないです。

草はできるだけ形がはっきりとしていて虫に食われていないのを選んでハサミで切り、花はすまんすまんと心の中で唱えつつ花弁を1枚1枚そっと外します。


魅惑の白いトロトロ

「これでお願いします。1枚は無地のを作ります」

「あ、そう。じゃあこっちへ」

台所の流しのような桶の前に立つと、固まる前の寒天のような、白いものが混じってトロリとした水が溜まっています。

白いのは紙の材料となる楮の繊維でしょう。でもそれだけでこんなにトロリとなるものなんでしょうか?


「トロロアオイを混ぜてあるから」

「トロロアオイ?」

「この辺だと小川町に畑がある」


トロロというぐらいなので、確かに粘りがあるのでしょう。水の中で楮の繊維が絡まらないように、またトロミをつけることで紙を漉くのに使う「船」というあの木枠から、水がすぐに流れ落ちないようにする役割があるそうです。

先ほど寒天のようなと書きましたが、この白いトロトロ、見た目だけで言えば少し甘味をつけて冷やして食べてみたらトロリツルリと夏のデザートにはいいんじゃないかと見えてきます。

「これ、食べられそうですね」


全さんは「んー」としばらく考えたあと、「食べられなくはないかな。龍角散に入ってると聞いたことがある」と言い、フッフッフッと笑います。

気になったので後日調べてみると、残念ながら龍角散の成分表にトロロアオイとは書いてありません。そもそも龍角散の成分表、あまり詳しく書いてない?  なのでもう少し粘って武田薬品京都薬用植物園のHP(

http://www.takeda.co.jp/kyoto/area/plantno273.html )を見ると「粘滑、鎮咳作用などがあるといわれています」。なら、ゴホン!と言えば龍角散に入っていても、おかしくありません。

ただ、もちろん食べておいしいはずありません。繊維だし。


楮とトロロアオイが混ざった白いトロトロ
楮とトロロアオイが混ざった白いトロトロ

繊維がしっかり噛み合うように

船を手にして紙漉きです。

船には6枚のハガキの型枠が乗っており、サイズは大きめのまな板といった具合。まな板に型枠をしっかり載せて、その両端をしっかり持って、腕をのばして遠い方から手前に向けて船を白いトロトロの中にくぐらせます。

水から上げる時に思ったよりも重さを感じ、こぼれる水の流れで腕が軽く左右にブレるのを感じます。

おー、いけね。と焦る間もなく、水が流れきる前に引き上げた船を前後左右に軽くゆする。すると型枠の中に楮の繊維が絡み、少しずつ積み重なっていきます。


「この枠、少しシワになっちゃってる」

まったく気づかなかったのですが、言われてみると6つある枠の中の左上、その1枠だけ繊維が寄って厚くなったのか、他の枠に比べて白さが濃くなっています。これがシワ、なんですね。

「船を水に入れる時は少しタテ気味に。そうしないとシワになりやすいから」

船をくぐらせ、ゆすって水を切って。

「フッフッフッ。でもなかなかうまいほうですよ」

静かにおだてられて嬉しくなり、繰り返すうちに、枠の中はだいぶ紙らしくなってきました。


「さっきも打合せしてましたけど、内装で和紙を使ったりと、和紙を使う人が増えてるんですね。やっぱり日本的な良さが見直されてるんですかね」

「確かにだいぶ増えてはきたね。でも業界として見ると、私ら絶滅危惧種ですよ。

フッフッフッ」

「あなたはどんな仕事してるの?」

「僕は文章を書いたり、編集したりです」

「文章を書けるっていいね。大変だろうけど」

「でも文章は何度でも書き直せますから」

「フッフッフッ」


そんな会話をしつつ、4回ほどくぐらせてゆすってを繰り返したでしょうか。

「だいぶ紙になってきたね。前後左右にゆすることでしっかり繊維が絡み合って強い紙になる。丈夫な紙はこの作業を何度も繰り返して、薄い紙を何枚も重ねて、それぞれの繊維をしっかり絡み合わせるようにして作るんです」

よく“一枚岩”とも言われますが、紙の場合は何枚も何枚も重ねた“無数岩”のほうが強かったりするんですね。なにごともケースバイケースです。


出来立ての白く透き通った紙

もうすぐ完成。でもまだ完成前。
もうすぐ完成。でもまだ完成前。

「最後にもう1回」と言われて仕上げ、枠を外すと6枚の白いハガキが形付いていました。紙の繊維の感じもまだ粗くあちこちで飛び出している様子が見え、白さがまた独特です。水から上げたばかりなので透けたような淡い白さ、さっきまで溶けた寒天だったのが、かたまり始めたら白魚になったような。実際には見た目からしてもっと繊維質ではあるものの。いずれにしても、やはりおいしそうです。

ここで先ほど摘んできた草や花弁を乗せていきます。紙は水分たっぷりなうえ、葉っぱはまだしも花弁は小さく薄く繊細なので、すぐ紙表面の水に吸い付いてしまって、イメージ通りに一発で場所を決めることが難しい。ピンセットを手に一点集中、より目になりながら慎重に乗せていきます。

こういう時、山の中の静かさが全身に沁みてきます。


最後に全さんが草や花弁を乗せた船に枠をもう一度慎重に合わせ、軽く漉いて薄く一枚被せます。紙によるコーティングです。これを天日で干して、乾けば完成。

「天気が良ければ1日だけど、この様子だと2日はかかるかな」

出来たら郵送で送ってもらうことにしました。

「郵送先の住所を書いてもらうから、上(2階)に上がってください」

「ありがとうございました」

お礼を言って、急な階段を2階に上がります。

順調に行けば2日後、乾いたハガキを送ってもらえば完了です。住所を書けば、今日の体験は終了。


だと思ってたのですが。結果的に住所を書くために2階に上がったところ、裕子さんと、またそこで作業していた若い職人さんとも、しばらく話し込んでしまいました。

というわけで、さらに続きます。


これであとは天日で干せば完成!
これであとは天日で干せば完成!

あたりまえですが、全さんにつきっきりで面倒見てもらえたから作れました。

まったく感謝です。

そしてまだ終わりません。

このあと谷野裕子さん、

そして若き職人さんからも、

いろいろと面白い話を聞いてしまいます。

ある意味、このシリーズを締めくくる

クライマックスになりました。

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