Vol.8 Bali 海・塩・イカット旅

2016.11.23
ばりばりバリ塩
大竹一平

 京都に続いて、今年2回目のバリ島です。

どうやらバリ島にはまってしまいました。

海もいいし、山もいいし、田んぼもいい。

しかもかつての同僚が住んでいて、新たにバリ人の友人もできた。

そしてなにより、独特の文化があって、伝統工芸も現代アートも豊か。

というわけで、海で遊び、塩田とイカットを見るために。そして友人たちに会うために。

また行って来ました。

 


真に受けて2回目

 今年2回目のバリ島です。2回続けての京都といい、同じ場所ばかりだけど仕方ないんです。

 また行ってしまったので。

 

 さて。

 前回は7月に、香港ブックフェアと合わせて、バティック作りが見れたらと思って行って来ました。

 その時に、現地で移動をするためにホテル経由で車をチャーターしたところ、やってきたのがBoyanという男。これが生粋のバリっ子で、バリ愛に溢れた熱い男でした。

 流暢な英語を話すBoyanに対し、こちらは片言の英語で話しをしているうちに、なんとなく気が合いそうな感じがしてきて、1日終わった頃にはすっかり打ち解けていました。

 そして彼はこう言ったんです。

 

 「本当のバリを知りたいなら東部だ。次は東へ行きなよ。少し遠いけど海もきれいだし、いいところだから」

 

 さらにこうも言いました。

 「東のほうには古いバリの文化が残ってる。塩田もある、もし次に来たら案内するよ。だからまたおいで」

 

 そう言われると、わりと真に受けるタイプなんです。

 

 バリ島の東部と言われて調べて、今回はチャンディダサ( Candidasa )をベースにすることにしました。調べるとデンパサール空港から1時間半、確かに少し遠いけど海はきれいそうで、ダイバーにはお馴染みのエリアのようです。そのおかげかホテルも思ったより多く、料金はクタや以前ベースにしたジンバラン、サヌールあたりと比べてリーズナブル。Hotels.com経由で、D'tunjungというホテルを予約しました。tunjungは、インドネシア語で蓮の意味だそうです。海辺のコテージタイプで1泊3400円弱。安いな。

 

 東京からデンパサールへは、ガルーダインドネシア航空なら直行便があって7時間半ぐらい。ただ、いつもの通りマイルを使いたいので、予約したのは今回も往復JALの経由便です。

 経由地はジャカルタかシンガポールかクアラルンプール。どこにしようか迷って、ジャカルタよりはシンガポールの街を見てみたかったのと、クアラルンプールに比べてシンガポールのホテルが思ったより安かったのと、さらにデンパサールへの飛行機代がクアラルンプール発よりもシンガポールのほうが安かったので、シンガポール経由、そこで1泊することにしました。

 JALもデンパサール直行便を復活してくれたらと思いつつ、乗り継ぎながらの東南アジア各駅停車的な旅も楽しいもんです。

 

お祭り騒ぎのシンガポールから、静寂のチャンディダサへ

 初めてシンガポールを歩いた時、クラークキー( Clarke Quay )という地区に入った時に街全体のお祭りぶりに驚きました。ところが、今回のシンガポールはちょうどハロウィンの時期だったせいもあって、さらに輪をかけた大騒ぎ。ただ、なんだろう。賑やかなんだけど、大人なノリです。

 都市国家らしくみんな都会もんだから洗練されてるのかな。とはいえ絶対的に大人しくはないんだけど。

 まあこれはこれで楽しく、久しぶりに東南アジアのパワーを感じました。最近、香港に行ってもこういうの感じないんだよな。

 その夜はシンガポールのパワーに「うわぁぁ」などと圧倒されつつ、美味しいカニチャーハンとスープ餃子を食べ、少しビールを飲み、いい気分になってるうち、あっという間に翌朝一番の便でデンパサールへ移動です。時間が足りないなあ。

 バリ、デンパサールのングラライ国際空港からエアポートタクシーでチャンディダサへ向かうと、そこは前日のシンガポールと正反対の静けさです。

 

 ホテルは事前に口コミを見てだいたい把握していた通り。海が目の前で、外に出ればレストランもコンビニも近くに揃っていて立地は最高、ただし部屋の作りは好みが別れるだろうな、という3つ星クラス。

 

 部屋は清潔で問題ないものの、入る扉は木製で、外からも内からも南京錠でガチャりと施錠する古典ぶり。しかもその鍵山がだいぶくたびれていて、イチイチ開け閉めにコツがいります。木製の扉は隙間だらけなので蚊取りマットは必須、バリのホテルに多いタイプで浴室とトイレは半屋外で雰囲気は良いけれど、バスタブはあってもお湯が出るのは蛇口をひねって最初の数分だけなので、湯を溜めることはできません。天蓋つきのベッドは広くていいけれど、照明が暗すぎて本を読むのも一苦労……、という感じです。

 ベッドに寝転んで隙間だらけのドアから忍び込んだヤモリが「ケトケトケトッ」と鳴く声を聞きながら、「まあこれはこれで」と思えて、この空気感になぜか癒されてしまう方以外にはお勧めしません。

 

クラークキーでウカレ気分にちょっと浸り、中華街でカニチャーハンと海苔が入ったスープ餃子でホッと一息

このスープ、ウマい!

一転して静かなチャンディダサのメインストリートとホテル、その前の海

 

元同僚のまっすぐな生き方に乾杯し、Boyanと再会する

 翌日はホテルから船で20分ほど行ったところ、ホテルから見える岬の向こうにあるホワイトサンドビーチという、海も浜も笑っちゃうぐらいごきげんなビーチで1日遊びます。こういう海に来たらまずはなにも考えずに年甲斐もなく目をキラキラさせつつ水に飛び込んで遊び、次にビールを飲みつつやはり無心でトロトロ過ごすに限ります。キラキラトロトロしたあとは、夕方からウブドへ行って元同僚と久しぶりにビールで乾杯して過ごしました。男も女もいろいろな生き方があると思うけど、その同僚は女性として、人として、いつも自分にまっすぐで、会うたびに刺激をもらいます。あぁ、楽しかった。

ホワイトサンドビーチ( White Sand Beach )と、

最後の1枚はウブドで元同僚と入ろうと思ったらお休みだったレストラン

 

 さて、3日目は朝からBoyanに迎えに来てもらいます。

 前日に約束した時間は朝8時。時間に正確なBoyanは、きっちり8時前にはホテルに着いています。

 

 「久しぶり」

 「また来たよ」

 笑いながら握手して、お互いに挨拶。

 今日はトゥガナン( Tenganan )という村を見て、そのあとクサンバ( Kusamba )という場所で塩田を回る予定です。

トゥガナンはバリ島の先住民が今も昔の文化を守りながら暮らしている村で、チャンディダサから内陸へ向かって車で30分ほど。山の上までは行かないけれど、熱帯の森の中、細い道を上がった先にあります。

 バリ島は南半球の赤道近く、日本とは植生もまったく違います。道は舗装されているけど幅は狭く、それ以外はいかにも粘土質そうな赤土、雨が降ったらあっという間に道にも流れ込んで相当なぬかるみになりそうです。

 

トゥガナン、古い文化を守る織物の村

 村の入り口に着くと小屋があって、来訪者はそこで手続きをします。名前とどこから来たかをノートに書き、「あなたの気持ちでけっこうなので」と、村を維持するための寄付を求められます。「観光化された村なんて」という人もいるかもしれないけど、個人的にはこれもアリだと思います。少なくとも、島の中心や観光地からこれだけ離れている静かなトゥガナン村では、違和感はありませんでした。

 

 そう。とても静かです。

 チャンディダサも静かですが、そのメインストリートが幹線道路なので、車の往来はそこそこあります。トゥガナンはその幹線道路からも遠く離れているので、車の音はもちろん、人工的な音が一切ありません。

 受付をすませると、村のおじいちゃんがガイドとなって案内してくれます。基本はここでも英語ですが、なんとなくの単語レベルで言ってることは分かります。

この村は古い文化がそのまま残っていること、村の奥にある畑で作物を作り、自分たちで食べる分以外は外で売って、あとは藤で作ったバッグや小物、ダブルイカット、シングルイカットという織物で生計を立てていること、ただそれでは不安定なので観光として寄付をもらいながら村と村の暮らしを維持していること、などなど。

 

 朝の9時前、まだ爽やかさが残る時間帯だからなおさらでしょうか。波に運ばれて来たようなチャンディダサの空気とは、ここは空気の質がまた違います。森の中のトゥガナン村は出来立ての新鮮な空気で溢れていて、しかもその空気には酸素の密度を感じます。同じ山中でも、少し前に行った京都の京北ともまた違う空気。山もいろいろです。

 

 村に入るとすぐに売店のようなものがあって、そこでは農産物が並んでいます。トウモロコシ、タマネギ、山芋、どれも近くの畑で採れたものだそうです。観光客向けというより、村の人のための売店といった感じです。

 建物は土壁で、塀にはレンガが使われています。そういえば、昨日ウブドへ行く途中で、レンガ工場を見かけました。工場といっても、道端に簡単な屋根だけの敷地があって、そこでおじさんが1人、レンガ状だけどまだ水分で光っている泥の塊を並べて干しているところだったようです。

 

トゥガナン村の入口、ここで手続きをしてイカット工房へ

 

アンニュイな空気、アジアの色を放つイカット

  歩き始めてすぐ、建物の前でガイドのおじいちゃんが言います。

 

 「ここでイカットをやっている。見ていくか?」

 

 もちろん、頷きました。

 入口にはアートショップ、デモンストレーションとも書いてあります。

 前回のバリ島で見たバティックは染め物、一方ここで作られているイカットとは織物のことで、染めた糸を織って模様を作っていく手法。日本では絣(かすり)織りと言われるそうです。トゥガナン村で織られているのはシングルイカット、ダブルイカットという織物で、特にダブルイカット(日本では縦緯絣(たてよこがすり)と言うそうです)は、世界の中でも珍しい織り方で、インドと日本とバリ島がほとんどだそうです。となると、起源はインドなんでしょうね。バリ島に多くの信者を持つヒンドゥー教と一緒に島へやってきたのかな。

 

 土壁の建物に入ると、壁も床も土がむき出しで、薄暗いけどけっこうな広さです。土が熱を吸収するのか、部屋の空気は少しひんやりしています。入口の近くに女性が1人ぼんやりと座っていて、僕を見ると「これから織ろうと思ってたの」というようなことをつぶやいて織り機に座りました。

 背後の壁には色鮮やかなイカットがたくさんかかっていて、なんというか、静かで薄暗い部屋の中で、深い色合いのイカットが妙にマッチしています。織り機は日本で見た“木造機械”といった雰囲気の織り機よりはだいぶ小さく、バリ島では床に直接座って織るようです。いや、日本でも昔はこうだったのかな?

 

 女性がカタカタと織っているのをしばらく眺めていると、

 

 「そっちの部屋にたくさんあるから、見ていけば」

  と隣の部屋を指差し、立ち上がって案内してくれました。親切だけど、もしかしたら本当はあまり織物をする気分じゃなかった、のかもしれないかな? そんなこと言ったら怒られるかな?

 いずれにしても、

 部屋に入ってその女性が蛍光灯のスイッチを入れると、 色鮮やかなの、深いの、単色に近い柄、凝った柄、単色に近いと思って見ると実は凝った柄がちりばめられたものなどなど。

 おー。

 

 「ダブルイカットが作られるのはバリ島の中でもここトゥガナンだけなの。ダブルイカットは最低でも仕上げるのに半年。シングルイカットでも2週間はかかるかな」

 この方、基本的に動きも話し方もアンニュイです。でもこの村を歩き、この部屋にいればむしろそっちのほうが自然で、世界中のみんながこの人を見習うべきだと思えてきます。

 

 建物を出てまたおじいちゃんとブラブラと歩きます。

 朝の澄んだ光の中で、静かな村を歩くのは気持ちいいもんでした。時間のせいか山の緑のせいか、そんなに暑さも感じないし。この村での暮らしがどんなものなのか、いいとこ悪いとこ、村の人はなにを思って暮らしているのか、もちろん旅行者には分かりません。でも旅行者の勝手からすると、こういう村が、この空気感のまま残ってくれたら、まだまだ逃げ場はあるなーー。なにからの逃げ場なのかは分からないけど、そんなことをぼんやり考えながら、歩いていました。

 

トゥガナンのアンニュイな女性。

バリの色彩はもちろん、

むしろアジアの色合いに溢れた静かな村

 

バリ島の塩はなにもかも天然

 車に戻って、塩田に向かいます。

 山を下りて空港からチャンディダサに向かう幹線道路に出て、空港がある方向、南に向かって走ります。

 また30分ぐらい走った頃、「ここが塩田だ」と、Boyanが幹線道路の脇に車を停めます。

 

 車を下りるとすぐに砂浜と海、塩田はもちろん海沿いにあります。

 塩が作られているのは思った以上に簡素な"工場"でした。一軒のほんとに粗末な小屋があって、その脇では木をくり抜いて作ったらしい細長い桶で海水を天日干ししているようです。

 小屋に向かうと、麦わら帽子を被ったおじさんが、桶がかかった天秤を肩に、ちょうど水際に立っているのが見えました。

 「お!」っと思っていると、おじさんは腰を屈めて桶で海水を汲みます。数年前に能登の輪島の先で見た揚げ浜塩と同じ光景です。ああやって海水を汲んできて、それを砂浜に撒くはずです。

 おじさんは海水を汲むと、重たいだろう天秤を担いだままゆっくりと砂浜を上がってきて、平らにならされた砂浜に少しずつリズミカルに海水を撒いていきます。海水を含んだ砂は天日で干され、多くの海水は砂浜に浸透しつつ、砂の粒1つ1つに濃縮された塩分が付着します。次はその砂を小屋にある巨大な木桶に運んで積み上げます。桶の底からはパイプが出ていて、そこから濾された塩水が滲み出て滴り落ち、桶に溜まっていきます。かん水です。

 

 「この桶はココナッツの木をくり抜いて作ってある」

 かん水の溜まった桶を見ていると小屋にいたおばちゃんがそう教えてくれます。小指の先にかん水をちょっとつけて舐めると、当然ながら塩っ辛い。でもどこか海のミネラルを感じるマイルドさ、甘さがあります。

 

 「この水を、次は外の木桶で天日干しにする。あの桶もココナッツの木で作ってある」

  外に出てココナッツの桶を見ていると、再びさっきのおじさんが来て説明してくれます。

 

 「晴れていれば、太陽光で乾燥されて3~4日で塩の結晶になる。雨の時はフタをしてやむのを待つ」

 

 ココナッツの桶にかん水を入れて3日で塩になる。つまり、自然エネルギーだけで塩ができてしまうんだ。たしかにこの日差しと気温があれば、それもできるんでしょう。そこが日本とは違うところです。しかしすごいな。たしかに暑いけど。

 小屋に戻って今度は塩をひとつまみし、手の甲に乗せて舐めると、塩だけどやはり甘みがあります。海の味。自宅で使う食塩とはもちろん、記憶の中の能登の揚げ浜塩ともまた違う塩です。お酒もおもしろいけど、こうやって塩の記憶が増えて行くのもまた楽しいもんです。

 


次はアラック?

 翌日は、早くも日本へ帰る日です。ほんと、時間が足りない。

 再びBoyanに迎えてに来てもらい、今度は空港まで送ってもらいます。

 道すがら、Boyanとはいろいろな話しをしました。前回会った時は主にバリ島の文化の話し聞きましたが、今回はわりとお互い個人のこと、仕事の話、考え方とか生き方の話、日本で起きた震災の話とか、はたまたバリのゴミ問題とか、乏しい英語で伝えるにはわりと難しい内容でしたが、知ってる単語でもなんとかなるもんです。そしてやはりBoyanはおもしろく、知識が豊富で、かつ思慮深い男です。

 日本で暮らすのも楽ではないですが、インドネシアのバリ島で暮らす男にとってもやはり悩みは尽きない、当たり前ですね。外国人にとってバリ島は楽園の1つかもしれないけれど、そこで生まれた普通の人の普通の暮らしは日々続くわけです。

 

 そうだ、空港の近くまで来て、今日Boyanに聞こうと思っていたことを思い出しました。

 

 「ところでBoyan。昨日、ホテルのバーでアラックという酒を飲んだ。あれはバリの焼酎だよね? めちゃくちゃ強烈な酒だったけど」

 「アラック? え、 あれを飲んだのか? そう、あれはバリで作られている。フン。あれはおれもよくやるよ。そうか。じゃあ次に来たらアラックの工場を案内するか。だからまた来なよ」

 

 そう言って空港の敷地へと車を進めながら気持ちよさそうに笑います。そうか。アラックか。じゃあまた来よう。バリへ。

 いつになるかなぁ。

 

ARAK, Spirits of Bali
ARAK, Spirits of Bali