Vol.10 東京 江戸の風薫る「谷中」で飴細工

2017.1.15 新しいことって楽しい
大竹一平

遅くなりましたが、2017年、今年もよろしくお願いいたします。

東京の下町、千駄木に「あめ細工吉原」という、飴細工の専門店があります。
その吉原さんが、千駄木の本店から歩いて10分ぐらいの場所に谷中店という支店を出しました。

谷中といえば、都内有数の旅感溢れる街。
しかも1月14日にオープンしたそのお店、一般の人が飴細工を作れる体験専門店なんだそうです。
その開店前日、飴細工のプレ体験会があったので、顔を出して来ました。

 


日本初、飴細工体験専門店

 「あめ細工吉原」の亭主、吉原孝洋さんはこのサイトのコンセプトブログの2回目「職人さんの魅力がたまらない」にも登場していただいたことがあるのですが、ある仕事がきっかけとなって、仲良くさせてもらっています。
 飴細工って、場所によってはお祭りで出店が出るところもあるようですが、「いつでもそこに行けば見られる」という店は、吉原さんが千駄木に「あめ細工吉原」を開くまで日本にはなかったそうです。
 今は千駄木の駅から団子坂を上ってお店に行くと、営業日なら吉原さんやお弟子さんが常に店頭で実演販売をしていて、店内に並ぶ動物やケーキなどの飴細工の他にも、お店で頼めば好きな形をチョチョっと作ってくれます。
 そんな場所を作ってしまっただけで、吉原さんって面白い人だなあと思っていました。江戸の文化を感じる飴細工を下町でやるのもぴったりだし。
 その吉原さんが、谷中に支店を出すと。
 しかもそこは体験専門店にすると。

 飴細工専門店も日本初でしたが、飴細工体験の専門店もおそらく日本でここだけでしょう。
 これは、ちょっとおもしろそうです。

 でも実は、そのことを知ったのは開店の直前、11日の深夜でした。
 たまたまFacebookを見ていたらそんな内容のポストが上がっていました。

 「へー!」と思いましたね。支店を出すなんてすごいなあと。「あれ? でも13日って急すぎないか?」とも思いました。僕が日時を見間違えたか、古いポストを見たのかなと。でも一応、コメント欄に参加したい旨を書き込むと、「ぜひぜひ」との返信。本当は1週間前には告知したかったものの、オープン前の忙しさでなかなかできなかったそうです。やっぱり開店前って大変なんですね。
 というわけで、行ってみました。

 

日暮里駅を下りてすぐ、谷中銀座入口の階段から。ここに立つとなぜか、小さな旅をしている気分になるから不思議
日暮里駅を下りてすぐ、谷中銀座入口の階段から。ここに立つとなぜか、小さな旅をしている気分になるから不思議

手作り感溢れる谷中のお店

 当日、申し訳ないことに15分ほど遅れて谷中店に着きました。お店は千駄木の駅から歩いて5分ぐらいで、日暮里駅からは谷中銀座の突き当たりを右に曲がればすぐ。日暮里駅、西日暮里駅ともに歩いて10分弱で着くはずです。
 「遅れてすみません」と詫びつつ店に入ると、先にいらしていた女性が1人と、吉原さん、そのお弟子さんの山本芳樹さんがいらっしゃいました。明日からオープンというお店は壁も真っ白で、どこもかしこもフレッシュ。いかにも新しいいことが始まる感じで、他人の僕までなんだかワクワクします。

 店の中には丸テーブルが2つ、その上にある正方形の箱は飴を溶かすホットプレート、木で作ったキリンのような台は作った飴を冷ましながら置いておく台、どちらも手作り感いっぱいです。しかしこれが飴細工体験に欠かせないセットなんでしょう。

 「吉原さん、このセットってきっと手作りのオリジナルですよね」
 「そうなんです。これが飴細工体験セットなんですけど、ここにたどり着くまでけっこう試行錯誤があったんですよ」
 「本店でも週末に体験はやってましたけど、こうやっていつでも体験できる形ではなかったですもんね」
 「ここでは10人ぐらいまで一斉に作れるように用意してあるんですけど、どうやったら大人数の方々にスムーズに体験していただけるか、ほんとにたくさんあった課題を1つ1つを解決していく感じでした」

 吉原さんに初めてお会いしたのは、やはり一般の人が飴細工を体験する様子を記事にするという取材ででした。その時も見ていて思ったのですが、飴細工は温かく溶けているから形を作れるんであって、固まるまでの数分が勝負です。だから一度に体験する人数がたくさん集まると、ある1人を教えているうちの他の人の飴が固まってしまうということは起こりそうでした。

 

体験用の作業テーブル、ホットプレートの手前には目を入れる食紅、キリンのような形は飴置き

4つの味で新登場

 なにはともあれ、今日は飴細工体験です。
 谷中店では、基本的に山本さんが師匠となって教えてくれるそうです。「よろしくお願いします」と挨拶をして、山本師匠の説明が始まりました。

 「体験は1回1時間程度を予定しています。オープン後は1日5回、それぞれの会でうさぎを作る回、イルカを作る回と作るものを分ける予定です。今日はうさぎを作っていただきますが、1回の体験で3つ、飴細工のうさぎを作ります。最初の1回は僕と一緒に、2回目と3回目はご自分のペースで作ってみてください」

 そうか、うさぎを作るのか。うさぎと言えば、あめ細工吉原のマスコットキャラクターはうさぎの「あめぴょん」だったな。谷中店ではうさぎ、イルカ、ことり、クマを作る予定だそうです。どれも飴細工としては基本的な形で、体験としてはちょうどいいかもしれません。

 「ではまず、お手元にある手袋をしてください。手袋は布手袋とビニール手袋の2種類ありますので、最初に布、その上にビニール手袋をはめてください。手袋の指先があまっていると作りにくいので、指の先までしっかり入れてください」

 溶けた飴を持った時、ビニール手袋だけだと熱いんでしょうね。布手袋をしても、集中して作っていると、気づかないうちにヤケドしてしまう人もいるそうです。

 「手袋をはめられたら、飴を選んでください。バニラ味の白、レモン味の黄色、いちご味のピンク、ソーダ味の青の4色のうち、3つを選んでください」

 ここでまたへー!と思いました。

 「あれ? 吉原さん、前に聞いた話だと、飴細工の飴に香料なんかを入れると、固まりにくいので体験には向かないと言ってましたよね?」
 「そうなんです。スタッフみんなでいろいろと配合を変えながら何度も何度も調合して、その問題もクリアできたんですよ。山本君もかなりはまってくれて、本当に繰り返し繰り返し調合してましたからね」

 おー!すごい。
 解説する吉原さんも、ちょっと嬉しそうです。そらそうですよね。1人でお店を初めて、今では弟子とはいえ、頼りになるスタッフたちに囲まれているわけですから。

飴細工を丁寧に教えてくださる山本師匠と、作業用の手袋、そしてその手袋にサイズ「M」と書き込んでいく吉原さん

見てる分には簡単そう

 さて。
 うさぎを作るとなると、白は欠かせないでしょう。あとどうしよかなと思って、色というより味優先で、青と黄色を選びました。飴はお煎餅のように丸く平べったい形で紙カップに乗っています。紙カップは薄い紙で出来ていて、家でお弁当を作ってもらうと、プチトマトなんかが入っているアレですね。

 「飴を選んだら、最初の1つをここにある四角い台の上に置いてください。台は熱くなっているので、直接触らないようにしてください」

 四角い台はホットプレートになっていて、ここに固まった飴を置いて、熱で柔らかく溶かすようです。1回目として、黄色の飴を乗せました。

 「飴がやわらかくなるまで10分ほど必要です。その間に、僕が手本として一度うさぎを作りますので、見ていてください」

 そう言って、山本師匠は慣れた手つきで飴を伸ばし始めます。伸ばしては丸め、伸ばしては丸め、そうやって捏ねていくうちに、飴の中に空気が混じって無数の細かな気泡ができ、それが光を反射して飴全体が艶々と光ってきます。次に、捏ねた飴を、指の腹を使って丸く整形していきます。指の腹で飴の表面を伸ばすように丸く整形しつつ、表面をツルツルにします。当たり前ですが、山本師匠の指先の動きはスムーズで、見ているとまったく簡単そうです。


 丸くツルツルになったら、棒の先につけてから、うさぎの耳と手足を作っていきます。糸切りバサミで切りながら耳を作り、前足を作り、後ろ足を作ってしっぽを作るとうさぎの完成。うーん。鮮やかな動き。思わず拍手したくなります。

 

レモン、ソーダ、バニラの3色を選びました
レモン、ソーダ、バニラの3色を選びました

ノーベル賞級(?)の試行錯誤

 すると、そのタイミングでホットプレートの飴が柔らかくなったようです。指で押すとプニプニしていて、この段階で美味しそう。

 「そろそろいいようなので、飴をホットプレートから下ろして、紙カップから飴を取り外してください。飴は柔かくなっていて、紙カップに貼り付きやすくなっています。勢いよく剥がすと、きれいに取れます」

 確かに手に取ると飴は思ったよりも柔らかく、愛おしくなるぐらいに不安定です。これを一気に剥がしたら、飴も一緒に破れちゃいそうですけど。大丈夫なのかな?と思いつつ、言われたとおりに飴をエイヤッっと引っ張ると、きれいに剥がれました。

 「おー。ほんとだ。きれいに剥がれた!」
 と喜んでいるのを見て、隣で吉原さんが「うんうん」と満足気に頷いています。

 「いや実は、これもけっこう苦労したんですよ。紙カップも厚すぎると熱が通らないので飴が柔らかくならないし、ギャザーがないときれいに剥がれないんです。それとホットプレートから下ろしてから飴を置いたトレーも、今はこれアルミニウム製を使っているんですけど、ステンレス製だと熱伝導率の関係で飴がうまいタイミングで冷えなくて、柔らかすぎて紙カップから剥がれなかったり。いろいろな形や素材のパターンを組み合わせて繰り返して、たどり着きました」

 そうなのかあ。
 今ここにある結果の裏に、どれだけの苦労があったのか。地道な日々の繰り返しぶりが、ノーベル賞をもらった研究者の話を聞いているようです。

 

しっとりモチモチ、飴の快感

 しかし、あまり感慨に浸っている時間はありません。飴が冷える前に、伸ばして丸めて、捏ねていきます。師匠が伸ばすのを見ると、飴はほぼまっすぐに、丸太のように均等な太さで伸びていきます。しかし、いざ自分でやってみると、両端の摘まんだ部分だけ塊になってしまい、伸びている部分は細く千切れてしまいそうな危うさです。

 あれ、もうここからうまく行かないのか。

 「あの、飴を伸ばす時に、どうしても均等に伸びないんですけど」
 「そうですね。僕らも最初は、均等に伸びるように飴の持ち方から練習します」

 そうだよなあ。努力の成果が、いかにも簡単そうに見せるわけです。
 それでも柔らかな飴を伸ばす感覚がしっとりモチモチと独特で、目と指先に心地よく、やっていて楽しいもんです。伸ばすごとにレモンのいい香りがしてくるし。この香りも気分が上がります。今日はこのまま伸ばして捏ねるを続けるだけで終わってもいいんじゃないかと思えるぐらい。

 ふふふ、楽しいな。
 しかし無情にも師匠から声がかかります。

 「そろそろいいようなので、今度は指の腹を使って丸めていきましょう」

 まだ伸ばしていたい、でもそれは許されません。まあ飴細工を作ってるわけですからね。

 

固まり始め、焦りだす

 今度は両手で飴を持って、親指の腹を使って柔らかな飴を両脇に広げるように丸めていく。すると飴の内側が表面に出てきて、皺ひとつない滑らかで艶やかな塊になっていきます。うん、これもこれで気持ちいいかも。
 と、最初は思いました。
 ただ、僕の場合、それがうまく球形になりません。
 球形というよりいびつな四角形に見えますが、四角いうさぎなんて見たくありません。
 あれ、あらら。なんでだろうな。え、あれぇ?
 さらに悪いことに、この作業をやっていると、飴が冷えて固まってくるのがよく分かります。まずいな。気持ちが焦り始めます。焦りつつ、四角くなった部分の表面を撫でて丸めたりして、なんとか形にしていきます。僕にとって、ここが飴作り体験のクライマックスだったかもしれません。

 「丸まったら、今度は棒の先に飴をさして固定してください。5ミリほどさして、固めると安定します」

 微妙にこの辺りから作業が遅れ気味になります。実際には遅れというほどじゃないかもしれませんが、気分的には一呼吸以上は遅れを取ったように感じるし、なにより飴が硬くなりつつある。できるのか? うさぎ?

 飴と一緒に肝の底が冷えてくるのを感じながら飴を棒にさし、うさぎの頭となる部分を指で摘んでのばします。師匠は「丸まった飴を、いちごのような形にしてください」と言います。
 いちごね、いちご。いや、これいちごか?
 球形にならなかった問題が尾を引いて、依然として形がいびつです。まあ仕方ない。1回目だしな。

 

飛翔の2017年

 いよいよハサミの登場です。
 師匠の言う通り、頭にした部分にできるだけ大きくハサミを入れて、耳を切り出します。愛おしい黄色い飴に、ヨっとハサミを入れると、あ! 「パチン」と乾いた音を残して、耳の破片が飛んでいきました。
 ……。

 「だいじょうぶですよ」と師匠に声をかけられますが、一瞬呆然。まああれか、飛翔の年に向けて飛び始めということで…。気を取り直してもう片方の耳を作るためにハサミを入れると、こんどは少しフニャりとした感覚とともに切り出せました。おー。耳だ耳だ。
 続けて前足を作ります。
 顔の下、胴体の部分にハサミを入れて、指に力を入れると。あ! さっきも聞いた嫌な音とともに、今度は前足の破片が飛んでいきました。
 ……。

 これも飛翔の…なのか、な。 まあでも仕方ない。飴細工は手を止めるわけには行きません。続いて後ろ足の部分にハサミを入れます。後ろ足は大きくハサミを入れられたせいか、わりとうまくできました。最後にハサミで軽く摘んで尻尾を作ると、言われればうさぎに見えるかな、という形が出来上がりました。
仕上げに食紅で目を入れると、まあ不細工ではあるけど、親バカ的に可愛らしいうさぎになってくれました。

 1つ作ったところで、師匠からのアドバイス。
 「やっていただいて分かったように、飴はどんどん冷えて固くなっていきます。飴が冷える原因は、空気に触れているからという理由もあるのですが、それ以上に、指に触れるからなんです。飴は指に触れた部分から冷えていくので、なるだけ触らないようにして進めるのがコツです」

 え、そうなんだ。指で触れると冷えるんだ。そうか、だからさっき、四角い飴を直そうとして撫でた部分が冷えて固まったから、ハサミを入れたら飛んで行っちゃったんだ。確かに暖めた飴の温度はおそらく60℃はあるでしょう。人間の体温は36℃程度。それが触れれば、飴の温度は下がるはずです。言われてみれば「なるほど」だけど、やってる間はそんなこと考えもしませんでした。

 

うさぎです…
うさぎです…

飴細工は失敗も楽しい

 その後、続けて青い2つ目、白い3つ目と作ってみたのですが、僕の場合、その間に腕が劇的に進化したかというと、微妙でした。残念ながら。
 2つ目を作った時は、1回目の教訓を活かしてできるだけ指を触れないようにしようという思いに加えて、「固まる前に作っちゃおう」という急いた気持ちが強すぎたみたいで、形が1回目よりも不細工になってしまいました。
 3回目は少しはバランスが取れたような気もしましたが、おそらく1回目の黄色いうさぎで、耳と足がとれなかったら一番きれいだったんじゃないかと。まあそれでも、うさぎというよりはネズミ、もしくは去年流行ったゲームのあの有名な黄色いキャラクターに近いような。
 ただそう言った意味で、3つ作れると1回目で試して、2回目に修正してやりすぎて、3回目に揺り戻しがあって調整できてと、ちょうどいい回数な気がしました。

 それとあらためて、飴細工を作るにあたって、スピードの中にある大切さと楽しさを実感しました。というのも、失敗してもそこで立ち止まったら飴はどんどん冷えて固まってしまうので、作業を先へ先へと進めるしかないわけです。プロの職人さんだったらこんなこと言ってられないでしょうが、体験する身分だと、失敗しても振り返らずにどんどん次に進んじゃうというのは、日常生活では実はなかなか出来ないことで、だからそれがちょっと痛快に感じられます。
 結果は結果として、じゃあそれをフォローするための次の策を考え続ける。
 その連続によって、終わる頃には頭がリフレッシュされているのに気づきます。

 だからだと思うんですが。
 飴細工は失敗がなんだか楽しい。

 いや、失敗"も"楽しいと言うべきですね。もしその失敗がどうしても悔しかったら、またイチから作り直せばいいわけで。だから負けず嫌い、もしくは完璧主義な人は、できるだけ午前中の回に一度参加したほうがいいかもしれない。やり直したいと思ったら、同じ日に5回あるうちのどこかに再び参加すればいいわけだから。

 山本師匠は翌日からのオープンに向けて頭がいっぱいなんでしょう。この日のプレ体験会でも終始とても真摯な姿勢でした。今日のこの会は、オープン前に工程をチェックできる最後の機会なわけですから。ご指導のもと無事に終えた飴細工体験の後、素人代表として感じたことを雑談的に伝えると、丁寧に1つずつメモをとっている姿が印象的でした。

 飴細工体験はおもしろい。
 そして新しいことが始まる時って、やっぱりおもしろいな。

 なにはともあれ、あめ細工吉原谷中店、オープンおめでとうございます!

 

気になったので、オープン当日もちょっと顔のぞいてみました