Vol.12 東京 能 日本最古の芸能は、厳かに、人間臭く続く

「昨日、能を見てきたんだ」と言うと、

多くの人が「いいなー!」と。

「能ってお面をつけてやるやつだよね?」という人。

「歌舞伎を観に行ったことはあるんですけど、能はないんですよ」という人も。

能、気になっている人が多いんだな。

ある縁があって、能楽師の吉田篤史さんにお会いすることができました。

日本最古の伝統芸能で舞台芸術である能も、

後世に伝える真剣な努力が行われていることに驚かされました。

(文字がないのですが、吉田さんの「吉」の字は下が長い「土」に「口」です)


2017.2.28

きっと危機感が人を育てるんだ

大竹一平



ドキマギした始まり


  吉田さんは京都の能楽師です。
  去年の10月にインスタグラム友達のnoriko003さんから教えてもらい、京都御所へ「能と煎茶への誘い」というワークショップに参加してきましたそこで能の初歩的な部分から解説し、舞いを披露してくださったのが吉田さん。
  吉田さんは東京にもお弟子さんを持っていて、だいたい月に一度、稽古のために東京へ来ているそうです。その稽古前にお話を聞く機会を作っていただきました。
  東京での稽古場は秋葉原。ちょっと意外な場所です。
  秋葉原、久しぶりだな。自宅から1時間の場所で知らない世界を観る、小さくて大きな旅です。

丸ノ内線を御茶ノ水で下り、お堀沿いの坂道を下って万世橋へ

東京の景色をあらためて眺めながら歩くと、これも旅だなと

 

  東京での稽古は午後1時すぎから始まって夜の9時30分頃まで続くそうです。その間ずっと同じお弟子さんを稽古しているわけではなく、お弟子さんが代わる代わるいらして稽古するスタイルのようです。それにしても、指導する吉田さんにとっては長丁場ですね。

  万世橋の秋葉原的に賑わう通りからビルに入って、エレベーターで上ります。
  この日の稽古場となっている部屋に近づき、開いている戸から中を覗いてみました。あれ、吉田さんはいません。ただ少年が1人、小さな机に正座で座り、本を読んでいました。
  本といってもマンガでも小説でもありません。一見して古そうな紙(和紙?)、そしてチラッと見えた紙面には筆書きの文字。謡(うた)のテキスト、謡本(うたいぼん)というものかな?
  吉田さんの息子さん、京都御所で見事な謡を披露してくださった和史君です。

  「あの、今日お話をうかがわせていただく大竹と申します」
  なんでしょう。いつも以上に緊張しています。
表の喧騒からいきなりシンとした空間に入り込んだことに感覚が慣れないのがあるのと、それ以上に和史君が座っている姿が凛としていたからかもしれません。

  「あ、えと、あの、吉田さんは…」
  「すぐさっきまでいたので、すぐに戻ると思います。どうぞお入りください」

  どちらが歳上なのか分からないやりとりですが、和史君10歳、僕は43歳です。

  吉田さんは少し席を外されているようなので、待ちながら和史君の話を聞きます。
  和史君は3歳から能の世界に入ったそうです。3歳の頃、自分はなにをしていただろう? 和史君はそこから大人と一緒に、伝統芸能の世界を歩んでいるわけです。

  「3歳かあ。大変な世界ですね」
  「でもうちの子どもはみんなそうするんで、弟も3歳から能の稽古をやっています」

  へー。そういうことをさらり言えるんだなあ。なんというか、筋が通っています。言葉と考え方、そもそも彼の佇まいそのものが。

  と話をしていると、稽古着というのでしょうか、和服姿の篤史さんが戻ってらっしゃいました。
  京都御所では“舞台”の上に立っているのを客席に座って見ている立場でしたが、いまはこうして目の前にいらっしゃる。それだけでスペシャル感があります。


能面、無性に気になる「面」

京都御所でのワークショップで出会った面(おもて)
京都御所でのワークショップで出会った面(おもて)


  この日最初に聞きたいなと思ったのは、能の「面(おもて)」についてでした。
  能で使う面、前回の京都御所でのワークショップの際に並べられてあったのを拝見し、手に取らせていただきました。どれも細面のつくり、表情も無表情なようなうっすらと笑っているような独特さで、なにかおどろおどろしい雰囲気があります。でもしばらくじっくり眺めていると、どこかユーモラスというか、優しさというか。一言で言い表せない表情に見えてくるのが不思議で、そこはかとない哀愁と親しみを感じたのでした。

  「面の怖いような優しいような表情がすごく印象に残っているのですが、これはやはり役者さんそれぞれがご自分のものを使っているんですか?」

  「能の面は“かぶる”と言わず“つける”と言うのですが、顔をすっぽり被せるものでなく、アゴの上にあてるようにしてつけます。だから役者によって顔の大きさと体の大きさに合わせて、微妙にサイズを調整することはあります。体と面の見え方のバランスの調整をとる形です。ただ、演目に使う面をすべて役者が持っているわけではないので、そこはたとえば師匠から借りて使うことも多いです」

  「能の演目には幽霊も出てくるし、物悲しいというか、必ずしも明るい人生の話ではないこともたくさん出てくるようです。そういう思いで面を見ると、脈々と続く役者の思いはもちろんですけど、古い物語の役そのものが発する思いというか、怨念が詰まっていそうで。その“なにか”も、この面が醸す雰囲気にプラスされているのかなと」

  「古い面だと室町時代から使われ続けているものもありますからね。たくさんの“なにか”が詰まっていそうですよね(笑)。実際、役者の中にはそういう古い面を使いたがらない人もいるんです」

  たしかに室町時代から使い続けられてきた面だとすると、「400年分の喜怒哀楽」が諸々染みついているわけです。逆にそんなに長く続いている面は相当貴重なのでしょうが、新面しか使わない人もいるんですね。ちょっと面白い。


貴重な技、貴重な小道具


  「面もそうですし、衣装もそうですけど、能にはたくさんの小道具が欠かせないですよね。そういった職人さんはやはり減ってるんでしょうか?」

  「面を作る人を能面師と言うのですが、趣味的に作る人もいるので人数で言えばいます。ただ、舞台で使える面の彫り師となると、日本に10人ほどしかいません。また、衣装を作る古い技術を持った職人さんがもういないというケースもあります。面も衣装も、頭につける冠も、そもそも能の役者が減っているので需要が減っているんです。だから職人さんとしては自身の生活のためにどうしても1つ1つの値段を高くせざるを得なくなります。たとえば衣装で400万円、頭につける冠が100万円とか」

  「能をやるのもお金がかかりますねえ…」
  「かかるんですよ」

  そこで吉田さんはおもむろに「だから和史もランチではもう少し控えめなメニューを選んで協力しないといけない」と笑って和史君に話をふります。「なんで急に僕の話になるの」と返す和史君とのやりとりが、突然父と子のやりとりになって微笑ましい気分になります。
  ランチ、和史君はなにを頼んだんだろ?

  「能は海外でも関心を持っている人は多いようですけど、吉田さんはどう感じていますか?」

  「海外での公演も増えているし好評のようです。能のように長く続いてきた文化に対する評価が高いというか、尊敬するという考えは強くあるようです。日本にいると逆に伝統文化が日常的に身近にあるので、日本人はその豊かさに気づかないのかもしれません。だから私は日本の人たちに日本の良さをきちんと伝えていくことも、大切な役目だと思っています」


同じく京都御所にて。この衣装を作れる人も、未来にはいなくなってしまうかも!?  まさにプライスレス
同じく京都御所にて。この衣装を作れる人も、未来にはいなくなってしまうかも!? まさにプライスレス

 

神、仏、能を捧げる相手

  「舞台で舞っていて、やはりお客さんの反応とか気になるものなんですか?」
  「いや、実は能はそこが他の舞台芸能と違うところなんですよ」
  「え?」

  「能はもともと、観客のために舞うのではなく、神様や仏様のために舞うものなんです。だから能の役者は観客席を見るのではなく、神様に奉納したり、仏様を供養することを考えながら舞っているんです」

  へー! そうなんですね。

  たしかに、境内に能楽殿がある神社も珍しくないですよね。
  調べてみると、日本の伝統芸能は神楽(かぐら)が原点にあり、これは文字通り神様に奉納するために始まった芸能です。おそらく大昔の人が豊作を願って、また収穫のお礼として神様のために舞い始めたのでしょう。
  その神楽は奈良時代や平安時代にかけて中国文化の影響を受けながら田楽(でんがく)、申楽へと裾野を広げながら発展します。そして申楽を公演していた観阿弥、世阿弥親子の一座が室町時代の将軍、足利義満に引き立てられたことがきっかけとなり、能として洗練されていったそうです。能が将軍家をはじめとして上流階級に愛され、続いてきたのはそういった流れがあるのでしょう。

  一方で、江戸時代に入ると上流階級の能に対して、庶民文化として歌舞伎が花開きます。そして正直、今の時代でも能よりは歌舞伎のほうが人気が高いというか、少し身近なイメージになっているかもしれません。歌舞伎界の有名人って何人か頭に浮かぶけど、能楽師となると…。というレベルで。


能=スローテンポ?


  「そんな背景があるから、能がたとえば歌舞伎と比べて少しストイックな印象があるんですかね?」
  

「能は江戸時代に入って“式学”という、武家で公式な儀式の際に使われる芸能になりました。古くからの作法を決まりごととして行い、広がりを持つことを禁じられました。私はそのこと自体は、良かった面もそうでない面もあるあったと思います。式学として行われたから洗練された部分はあると思うし、逆にそうならなかったらもっと新しい考えが入ってきたかもしれない」

  「歌舞伎は新しいものをどんどん取り入れて発展した部分はありそうです」


  「そうですね。私は能楽師ですが歌舞伎の役者さんとの交流もあって、話をするとやはり勉強になるところはあるし、お互いに刺激しあいながら発展していけたらいいなと思ってやっています」

  この辺りまで聞いて自分が浅はかだなと思ったのが、能のような伝統芸能って、「黙っていても守られていくもの」と思っている部分がありました。ただ吉田さんは相当真剣に、かつ深刻な問題として、能を後世にどう残していけばいいかを考えているようです。話を聞いていて、なんていうか色々人間臭いんです。そこにどんどん能と吉田さんの更なる魅力を感じ始めてきました。

  「それはそうとして、吉田さんの話をうかがって驚いたのが、能って派手な立ち回りがあるんですね。能というと、ゆったりしたテンポで舞うものなのかと思っていたので」

  「たとえばテレビで能の舞台の中継がある時、質の高い能を見せたいと思うからなのでしょうが、国宝級の演者が舞う公演が多いんです。もちろん質は高いのですが、国宝級となるとどうしても年齢が高い人が多くなり、そうなると動きの大きい派手な立ち回りは難しくなります。そんなこともあって、能はゆっくりしたものというイメージが先行してしまったのかもしれません」

  あー。なるほど。そうかもしれません。大御所がケガしちゃったら大変ですもんね。

  「でもそうなると、能が持つバリエーションや世界そのものを、どうやってもっとたくさんの人に知ってもらうか、そこが大事ですね」

  「まさにそこを考えています。子どもたちの時代にどういう形で能を残し、伝えるか。それは大きな課題です。能の舞台もそうですし、また経営面の視点でもそうです。能には流派がありますが、経営の形として見ると、役者がすべて個人事業主なんです。未来に残していこうと思うとそれではやはり不安定な部分もあるし、様々な観点から常に能をどう残すかを考えています」


稽古の様子(後日、吉田さんから掲載用にお借りしました)
稽古の様子(後日、吉田さんから掲載用にお借りしました)

舞があって、謡があって、心構えがあって、覚えることはいくらでもあるんだろうな

 

父として、兄弟子として

  吉田さんは毎年、京都のご自宅のある地区にある7つの小学校で出張教室を行なっているそうです。また、京都以外でも、たとえばこのお話をうかがった翌日は東京の港区の文化事業として白銀高輪にある区民センターで体験ワークショップの予定が入っていました。京都御所のイベントもそうだったし、聞いていて「能を残さなければ」「たくさんの人に能に触れてほしい」という強い思いがヒシヒシと伝わってきます。
  吉田さんの父親ももちろん、現役の能楽師として活躍されているそうですただその頃に比べると今や能楽師の数が半分近くまで減っている、というのも大きな危機感につながっているようです。

  能の世界でいうと、父親が子どもを弟子にする、というわけではないそうです。たとえば、吉田さんは和史君の師匠ではなく兄弟子。吉田さんの師匠が、和史君の師匠でもあるそうです。
  父親が師匠になると、ある意味優しさが出るのは避けられないでしょう。間違っても好き好んで破門にはしないはずです。でも師匠がアカの他人となれば、もしかしたら、能楽師としてではなく人間性の好き嫌いで弟子を切る、なんてことも可能性はゼロではないでしょう。もし、師匠が「能は無理」と判断したら、和史君の将来は大きく変わってくるわけです。


  「だからそうしないために、私は兄弟子として教えることは厳しくなってもしっかり教えないといけないんです


  吉田さんはそう言います。自分には子どもがいないのでそういった感覚は真には分からないわけですが、愛情のためにとはいえ、時に厳しくも自分の子どもに当たる気持ちを考えると、やはり胸が苦しくなる思いにはなります。
  そう考えると、教えるほうも、教わるほうも、やはり甘えは許されない厳しい世界です。

  能といえば人間国宝を輩出しており日本を代表する伝統芸能です。
  だからそこはある程度国に任せておいても自動的に守られるものなのかなと思っていました。
もちろん、能自体は守られるのかもしれません。でも、能楽師一人ひとりとなると、どうなるかは分かりません。そして演者が減った先にどうなっていくのか…。
  だからだと思います。吉田さんからは能を守り、残すために必死に戦う様子がうかがえました。


篤史さんと和史君による実演

強い意思を持ってやり続け、残す


  ただ今回興味を持ったのは、能の役者さんって、思ったよりも普通の人なんだなと。
  当たり前ですけどね。
  自分が打ち込んでいる仕事を全うしつつ、その未来を案じる。一方で、子どもの前では厳しくもあり、優しい父にもなる。そして中には古い面を避けて新面しか使わない人もいる。
  思ったより人間臭いなと思いました。大変に僭越ながら、自分と被る部分もあるなと思ってしまいました。
  悩みがあって、不安があって、だからこそ試行錯誤しながらやれることやっていく。それって、考えてみればまったく当たり前なんですけどね。


  ただ、その感覚、「同じ感覚」を自分の中で得られたことで、大げさに言えば、いまこの時代に、能という室町時代から続く生身の人間が表現する文化が残ってくれていてよかったとあらためて思えました。
  大切な文化をつなごうとしている人がいる。
  同じ時代の空気を吸って、程度は違っても自分たちと似たような悩みを抱えながら、これからも続いていく。
  そんな当たり前のことに気づくと、華やかで厳かな能の舞台が、少し自分の一部として見えてきそうな気がします。

  とりえあえず、能、一度きちんと観に行ってみよう。


神社の話が出たこともあり、散歩がてら神田明神に寄ってお参りしてから帰りました