Vol.15 Melbourne2 ワイン、ビール、バーガー旅

ワイナリーとコアラで満たされる編


メルボルンに着いてから、街をあちこち歩きました。バーガーも食べました。
石造りの建物、飾らないけどスタイリッシュで、適度に賑やか。

なんというか、歩いていてとてもしっくりきます。
ただ、気になるのは天気。
季節の移り目なのか晴れたり曇ったりザッと雨が降ったり。
おかげでワイナリーツアーに行く日程は、天気予報を見ながらの調整が必要でした。

今回はワイナリーに行って、ワイン作りを垣間見たいと思っていたのですが……。

ある意味、ワインの魔力にどっぷり嵌まってしまいました。

前回に続き、なおも飲み食いします。


2017.5.31

自分の地図をどんどん作っていこう

大竹一平

 


雨の月曜日だけど

 

 当初はメルボルンに着いた翌日の日曜日にワイナリーへ行く予定だったのですが、どうも天気が芳しくありません。天気予報を見てもう1日待ったほうがいいだろうというTの判断で、月曜日に行くことにしました。


 着いた日の夜はTとまずBarに入ってチェコの生ビールをパイントグラスで乾杯し、ピッツェリアに移動して今度はクラフトビールで乾杯し、最後はカフェに移動してラテでシメの乾杯。

 

 しかしメルボルン、いいところです。旅する楽しさが凝縮されています。

    日曜日は1人で自由にメルボルンの街を歩き回り、街と人を見て、シックな州立図書館の雰囲気に浸り、繁華街のどまん中にあるショッピングモールで浮かれ気分を浴び、博物館でビクトリア州の歴史と自然とアボリジニの文化に触れました。もちろん、その過程でバーガーもしっかり。やっぱり肉々しくてウマイ!
 移民が多い街らしく、コンパクトなエリアにイタリア、ギリシア、ヴェトナム、韓国、中国、いろいろな外国人街があり、各国の料理を出すレストランがあります。歩きながら見ていても楽しいし、フラッと入れる気さくで美味しいレストランも多いので、お腹が許せば1日5回は食事をしたい気分になります(今回はやってませんけど)。
 でも、日本人街はなかったような……。あったのかな?

   

食べて飲む

で、

また歩く


 さて。
 月曜日の午前、10時にTはCITY TEMPOホテルへ迎えに来てくれました。「友達に借りたんだよ」というトヨタカムリを乗りつけて。T自身は車を持っていないらしく、本当は娘さんのVW(フォルクスワーゲン)を借りるつもりだったのが、雨で予定をずらしたら車を使う日だったらしく、断られたと。「VWならスポーツタイプだし、サンルーフもあるし、あっちのほうが良かったんだけどなあ」と悔しそうに話していました。乗せてもらうので意見を言える立場ではありませんが、僕としてもカムリよりは断然VWのほうが乗ってみたかった。たとえ助手席でも。
 いずれにしても、娘に車を借りようとして断られる父、日本なら逆のパターンはたまにある話でしょうけどね。

 

 前回も書きましたが、今回のメルボルンツアーではワイナリーでワインを飲む他に、いくつかやりたいことがありました。バーガーを食べまくる、アボリジニの文化に触れてみる、そしてもう1つはコアラを、できれば抱っこしてみる。
 だから今日の予定としてはワイナリーで有名なヤラバレーで2つか3つの葡萄畑を巡り、その途中どこかでヒールズヴィル自然保護区へ寄ってコアラと対面しようと。

 ベタですけど、オーストラリアに来たらやっぱりコアラでしょう。

 天気予報を見て予定を変えたものの、結果的には小雨の朝。でも昨日も急に晴れ間が出たし、なんとかなるでしょう。雨の月曜日、東京で迎えるいつもの月曜なら起きた瞬間からうんざりですが、旅先では違います。もちろん景色は晴れてくれたほうが絶対にいいけど、曇っていても雨が降っても、ワイナリーとワインは待っていてくれるはずだから。


雨のメルボルンもそれはそれで
雨のメルボルンもそれはそれで

 

ワインとコアラのショートトリップ

 

 メルボルン市内を北に抜け、町外れで高速道路に入って東へ向かいます。メルボルン近郊は高速道路が無料なんですね。Tはちょうど無料区間が終わるインターで降りて、リングウッドというメルボルンのベッドタウンのような街を抜けていきます。
 Tはおそらく僕に英語を学ばせたいからもあるでしょう。よくしゃべりかけてきます。もちろんこちらの拙い英語力は把握しているので、ゆっくりと丁寧に話してくれます。

 「近いうちに新しいビジネスを始めようと思うんだ。小さなワゴン車を買って、日本人をヤラバレーに連れて行くワンデイツアーを始めてみたい。一緒に乗っていて僕はいいドライバーだろ?」
 「もちろん、いいドライバーだよ。運転は丁寧だし、観光スポットもよく知ってるし。でもなんでTはそんなに日本が好きなの?」

 「娘の一人が東京のイチガヤで仕事をしているんだ。だから僕も年に1度は日本へ行くし、日本語も勉強している」
 あ、なるほど。娘さんが日本に住んでいて、市ヶ谷で働いているんですね。

 リングウッドの住宅街は閑静で上品な印象で、並木は紅葉が始まっています。


 「それにしても、この辺は静かで雰囲気のいい街だね」
 「そう、とても静か。実は昔、娘にこの近くの私立高校に通わせるために住んでいたことがあるんだ。とても静かだけど僕には退屈な街だった。ほら、僕はもともと都会育ちだから」


 Tは生まれも育ちもメルボルンだそうです。リングウッドはメルボルン市内から車で30分もかからない距離なのですが、メルボルンとはまったく違う静けさです。曇り空で気温が低いせいもあるでしょうが、途中で寄ったガソリンスタンドとコンビニエンスストアもむしろひっそりという趣き。エキサイティングな街でないのは確かだな。
 それにしても、娘の学校のために家族で引っ越すという感覚も、日本ではなかなかないですね。オージーにとってはそれが普通なのか? いずれにしても、Tはいい父親でもあるんでしょう。


高速道路からリングウッドを抜け、フィヨルドの“谷”に入ると、左に葡萄畑が見えてきた

 

大御所が認めたYarra Valley

 

 ホテルを出て2時間弱。
 「そろそろ最初のワイナリーだ。日本から友人が来る時は、僕は必ずこのワイナリーは案内する。とても素敵なところだよ」


 自信満々のTに連れられてきたのは、Domaine Chandon(ドメーヌ シャンドン)。フランスのモエ・エ・シャンドン社がオーストラリアに設立したワイナリーでした。いきなり超メジャーです。しかもちょっと馴染みもある。
 モエ・エ・シャンドンといえばキング・オブ・シャンパン。ワインに詳しくなくとも、その傑作“ドンペリ”ことドン・ペリニヨンの名前は知ってる人も多いはずです。もちろん僕はそんな立派なシャンパンを飲む機会はごくごく至極稀ですが、そのシャンドンもスパークリングワインとなるとぐっと手頃になるので、なにかの折に買って家で開けることがあります。

 

 ご存知の通り、シャンパンと名乗れるのはフランスのシャンパーニュ地方で造られた発泡性のワインだけ。シャンドンのスパークリングワインは、シャンパンと同じ製法で造られていると聞きます。バラの香りそのものとは違いますが、どこかバラが持つスマートで艶を感じさせる香り、キリッとしてるのにクリーミーな口当たりを生む不思議な細かい泡。もちろん味も香りもいろいろですが、全般的にすっきり男前なワインという印象です。


 メルボルンにもワイナリーがあったんだ。シャンパンの大御所が、ヤラバレーの環境を認めたということですね。そうか、今まで飲んだシャンドンは、オーストラリア産のも多かったのかもな。思えばラベルもロクに見ないで空けちゃってたけど。


 

悪いわけがない


  車を降りると、駐車場のすぐ隣から葡萄畑。静かな曇り空の下に広がるワイナリーも、なんとなく独特の雰囲気があります。駐車場には車がそこそこ入っていますが、我々の他に観光客といえば2人の白人夫婦が見えるだけ。これだけメジャーなワイナリーだから、もう少し賑わっているのかと思ったものの、思えばこの日は月曜日でした。みんな仕事してるわな。


  丘に沿って広がる葡萄畑を右手に見ながら進むと、真っ白な壁の低く瀟洒な建物、工場と試飲ができる施設です。

  いよいよ、です。


  建物に入ると、おー、昼前から飲んでますね。みなさん。

  スタンディングのカウンターは馬蹄型。その中に2人のバーテンダーがいて、カウンターを囲む客と陽気に軽口を交わしながらワインをすすめています。カウンターにあるティスティングリストを見ると、10AUD(オーストラリアドル)で白、ロゼ、そして赤のスパークリングを計6杯楽しめると。1AUDがこの時は82円ぐらいだったから、800円ちょいで6杯。安い!  しかも、カウンターの他のお客さんのグラスを見ると、テイスティングとはいえけっこうな量が注がれています。へー。こりゃ楽しみだ。


  カウンターの空いたスペースに入ると、バーテンダーがさっそく1杯目の説明を始め、白のスパークリングワインがシュワシュワとグラスに注がれます。

  グラスのフチで香りを楽しんでから、口に含みます。


  ……!


  いやあ。

  昼間から飲む、いい冷え具合のシャンドンの白。悪いわけがない。

      含んだ瞬間にフワッといろいろな香りと味が広がるのは華やかで理知的な女性を思わせ、泡はとてもしつけのよい硬派な紳士、最後にノドを滑らかに舐めていく感じがなんとも妖艶で快感。なんだか気持ちがフワッとしてスッとします。気のせいか曇り空だった窓の外も少し明るくなったような。グラスを眺めつつ思わず頬が緩みます。


「どう?」と笑顔で聞いてくるバーテンダーに、「完璧!」。味の表現をうまく伝えられないのがもどかしいですが、そんなごく短いやりとりでもまあ楽しく、気分も上がります。

  1杯目を空けたところで、「次のはもっとクリーミーだよ」と2杯目。

  少し話をすると、この若く爽やかな好青年バーテンダーはフランス出身、「それにしてはオージーイングリッシュが完璧だな」とTに褒められたりしています。彼が「勉強しましたから」と返すと、すかさず僕の隣で飲んでいたオーストラリア人の陽気なおばちゃん連れが「女から教わったんでしょ?」と突っ込み。おばちゃんたちはおいしいワインでいい気分になったままに、そのバーテンダーにフランス人娘とオーストラリア人娘の違いを聞き出しています。「いやあ、まだそこはよく分からないですけど」とか言いつつ、しっかり答えてるじゃないか!


リストとワインと爽やか好青年


  テイスティングルームは白を基調に、ポイントポイントで木を使った明るい空間、天井までの大きな窓ガラスの先にはテラス席があり、さらに葡萄畑と丘と森が広がっています。窓の外は色とりどりの緑。そんな中でワインを一杯ずつ楽しみながら、軽い会話を楽しみながら。味覚、嗅覚、視覚、全身で感じる空気、ここにいる時間のすべてが心地よく、楽しませてくれます。


  6杯目のワインを空け、カウンターにグラスを置くと、かなり幸せな気持ちになっていました。

  あー。楽しい。心から楽しい。


  もてもてバーテンダーに「ありがとう」と伝えて、ワインセラーを見に行きます。いま飲んだばかりのワインが並んでおり、テイスティングをしたレシートを見せると、5AUD値引きしてくれるそうです。


 

満たされてしまう

 

  気に入ったワインを一本買うと、「あっちに行くと貯蔵庫があるよ」とT。工場見学とまではいかないものの、ちょっとした博物館になっていて、ヤラバレーがなぜワイン作りに適しているのか、ヤラバレーの歴史、ヤラバレーでのシャンドンの歴史などがパネルで見られ、通路を進むとステンレス製の巨大な樽がピカピカと並ぶ貯蔵庫に通じていました。

  清潔感があり、とても静かです。3階の高さにあるデッキから見下ろす形で、樽の1つ1つは高さ7~8メートルはありそう。そしてこれらの樽がただの観光用の飾りでないのは、数人の作業員がなにか作業をしていることから分かります。今日もここでワインが生まれつつある。そしてまた幸せな時間が生まれて……。

 

  ワインの酔いは心地よく、流れる空気も心地よく。完全にシャンドンのワインが放つ“幸せ毒”にやられてしまいました。ワインをただただ心から楽しんでしまいました。

  もう一度ここへ来たい。その時は、ワイン作りを手掛ける人から話を聴きたい。でも、この日はすでに満足でした。

  ワイナリー一軒目にして、ただ飲み、笑い、そしてすっかり満たされてしまったのです。

  「T、僕はなんだかすっかり満足してしまった。今日のワイナリー巡りはこの1か所で十分かもしれない」
  「OK いいだろう。もちろんもっと小さくて個性的なワイナリーもあるんだけど、それは次回来た時でもいいし。じゃあヒールズヴィルへ向かおう。ここからそう遠くないから」


すっかりやられてしまいました

 

ヒールズヴィルでビールに帰る

 

  再びフィヨルド地帯を走って、コアラが待つヒールズヴィルへ向かいます。20分ほど走ると、丘陵地の狭間にある細長い町に差し掛かりました。

  「ここがヒールズヴィルの町。自然保護区はこのすぐ近くだけど、その前に軽くラテでも飲もう」
  「ちょどいい時間だし、ランチにする?」
  「僕は車を運転する時はあまり食べないんだ。この先においしいスイーツを出す店があるから、そこに行ってみない?」

  ラテとスイーツ。自分1人なら絶対にありえない組み合わせですが、こういう時は詳しい人に任せたほうが間違いありません。Tに従いましょう。
  スーパーマーケットの駐車場に車を置き、駐車場でおばちゃんに道を訊くと、Tは道の向こうに見える、倉庫のような作りの建物に向かって歩いて行きます。Inncent Bystaderという店で、入って右側は雑貨やワインの小売り、左手は長いカウンターとテーブル席があるレストランバーのようです。

 「オージーが好きなスイーツで、Butterscotch Puddingというのがある。焼きプリンだね。ここのは特においしいから、よかったら試してみて」

Inncent Bystader
Inncent Bystader


  バタースコッチプリン。 なんだかすごく濃厚な響きです。まあでも、試してみましょう。どうも自分のキャラと合わないので外ではあまり言わないのですが、実はプリン好きだし。
  テーブルに座ってメニューを見ると、さすがヤラバレー。ワインのリストも豊富です。料理はピザやパスタに肉料理。ここ、夜にゆっくり来てみたいかも。そしてなんてこった! クラフトビールもいくつかあるじゃないか。

  「T、クラフトビールがあるんだけど、ラテじゃなくてビールを頼んでいい?」


  さっきのワイナリーでもそうだったのですが、ドライバーのTは今日はお酒を飲めません。そしてTもかなりの酒好きです。いまさらだけど自分だけ飲んじゃやっぱ悪いかな、と。
  「もちろん飲みなよ!  君は今日なんでも好きなようにしていいんだから!」

  そんなこと言われ慣れないので逆に遠慮してしまいますが、でも頼んでしまおう。
  今日は朝からTはガソリンスタンド、ワイナリー、ヒールズヴィルで道を訊ねたおばちゃんなどなど、T自身が見ず知らずの初対面の人たちに僕を紹介して歩いています。ここでも店員のお姉さんに「今日は日本から友だちが来たんだよ。いまヤラバレーのワイナリーに行って、これから自然保護区に行くんだ。ハハハ」と笑いつつ、自分のためのラテを頼みました。僕もハハハと笑いつつ、バタースコッチプリンとクラフトビールをオーダーします。

  「僕は話をするのが大好きなんだ。知らない人にでもすぐに話しかけてしまう。そうするとほら、なんだかいろいろなことを知ることができるし、楽しい気持ちになるだろ?」
  「そうだね。でも実は僕はそういうのがあまり得意ではないんだ。特に外国だと言葉の問題もあるし」
  「気にすることないよ!  さっきのワイナリーだって美味しいワインを飲みながら周りの人たちと話ができたから、なおさら楽しかっただろ?  英語を学ぼうと思ったら、大事なのは文法よりもボキャブラリーの数だ。どんどん話して、言葉の数をたくさん増やすことだよ」

  そうなんですよね。確かに乏しい経験からでも、言葉は「覚えるもの」ではなくて、「慣れるもの」だと思います。

  そんなことをしばしマジメに反省しようとしたのですが、運ばれて来たクラフトビールを見てそんな気は一気に吹っ飛びました。うわあ。ジョッキだ。生ビールだ。ということは、おそらく、ほんとにこの辺り、少なくともメルボルン一帯でしか飲めないビールです。
  やったー!と満面のアホ面で細長いジョッキを手に、しようとすると、突然カウンターの中にいたお兄さんがツカツカとやってきて、いま届いたばかりのジョッキをなぜか奪い取っていきました。
 
  「え?? な、な、な、なんで???」

  アホ面に磨きをかけてポカンとした日本人(僕です)をよそに、彼はそのままカウンターに戻り、ウィンクしてジョッキの泡をヘラでひと掻き。サーバーのコックを捻って再びビールを足しています。溢れそうなジョッキを持ってテーブルに戻ってくると、「さっきのじゃ泡が多すぎただろ? こっちのほうがたくさん飲める。日本から来たんだからたくさん飲んでけよ」って。
  思わず笑ってしまいました。Tのさっきの紹介が聞こえていたんですね。こんな形で効きました。嬉しいな。


継ぎ足しビール。嬉しさのあまり写真が傾いてしまう
継ぎ足しビール。嬉しさのあまり写真が傾いてしまう

 

とどめの焼きプリン

 

  ジョッキいっぱいにいい感じで注がれたクラフトビールの生。うすにごりの小麦系ビールはバナナのような香りがフルーティで、味もまろやか。冷え具合も絶妙。あー、ウマイ!  ワインもいいけど、やっぱりビールはいいなあ。さっきはTに一瞬遠慮したような態度を示しましたが、結局1杯目をあっという間に飲み干し、カウンターに行って例の泡のお兄さんと相談し、違う銘柄のをもう1杯。


  で、テーブルに戻るとバタースコッチプリン。確かに熱々の焼きプリンです。ジュワジュワと焦げた砂糖にカスタードの魅惑的な甘い香り。しかもバニラアイスまでのっています。スプーンでひと匙すくってフーフーしてから口に運ぶと、まあ間違いない。この甘さと温かさは、冬場により沁みるかもしれない。

  しかし、ワインにこのあまーい焼きプリンと濃厚なクラフトビール。メルボルンに着いてからのバーガーラッシュと併せて、病気一直線コースだな。日本に帰ったらしばらく精進しないと……。


とどめ
とどめ

Healesville Sanctuary、抱っこはできなくても


 ヒールズヴィル自然保護区。森の中にあるその施設は、分かりやすく言えば動物園に近い。オーストラリア固有の動物を守り、保護するための施設で、野生動物のための病院もあるそうです。園内には200種類以上の動物がいて、たとえばカンガルーはほぼ放し飼い。目の前をピョンピョンと駆け抜けていきます。できるだけ自然に近い形で動物を保護・管理しているそうで、だからエミュもコアラも驚くほど低い柵の中、すぐそこにいます。

 


 「僕がここに来るのは娘が子どもの頃以来だよ」と笑うTに、地元の人からしたらそんなもんだよなあと思いつつ、そんな場所に喜んで来ている自分がなんとなく恥ずかしいような気もしつつ、まあでもコアラを見たいんだから仕方ありません。日本でも動物園は好きだし。

 ただし、ヴィクトリア州では法律で人がコアラに触れることを禁じているそうです。
 あ、そうなんだ……。
 正直、残念。


 それでもコアラです。そして地味に驚きました。
 コアラって、こんなに動くんだ。
 
 コアラ、日本でも埼玉の東松山にある「こども動物自然公園」で見たことはあります。

 でも、東松山の彼らはほとんどユーカリの木にしがみついて眠っていました。ほぼ全員が。名古屋ではどうなんでしょう?  このヒールズヴィルでは、同じ動物園でもコアラがよく動いています。ユーカリの木を不器用そうで器用にノソノソと上り、下り、葉をモシャモシャ食べ、怠惰にアクビをし、後ろ足で耳の後ろをボリボリ掻き、かと思うと突然沈思と思考に耽るように遠い一点を見つめる。その合間にあのプラスチックのような目が鈍く動いて視線が合ったりします。
 おー。コアラ、おれのこと見てるよ。

 

 まああの、日本で見たときからうっすら感じていたのですが、その存在はなんともオヤジ臭い。表情だってボサっとしていて決して愛嬌があるとは言えない。けど、目の前にいると目が離せない。反則です。
 なんとなくおもしろかったのが、オージーもコアラを前にして、ほぼ全員が「かわいい!」とはしゃいでいること。昔、アフリカのジンバブエに行った時はホテルを出た道ばたを普通にゾウが歩いていて、しかし地元の人たちは驚きも喜びもしていませんでした。が、オーストラリアにとってのコアラは、日常生活で出会う動物ではないようです。

 

  しかし!
 触ってみたい……。


 ただ、日本に連れて来るのは、環境的に負担が大きいのかもな。コアラにとって。

    コアラはオーストラリアだな。やっぱり。

 

地図が描き変えられる


 Tのおかげでしょう。シティを少しだけ離れたワンデイツアーは、メルボルンの自然と人の良さを存分に浴びることができました。通りすぎる観光客の目線に過ぎませんが、メルボルンは人、モノ、食、自然、文化、そして歴史、一言で言えば奥行きがたっぷり深い街でした。知らなかったなあ。
 自分の中の世界地図、そこに書き込まれていた勝手な価値観が明快に壊れ、色が塗り直され、新たな深さと密度を持つ地図が描かれ始めました。
 なんだろう。初めて海外に出たあの20歳の旅を思い出すような。

 唐突ながら、メルボルンで広がり始めた新たな地図上に立って見ても、日本はやはりいい国です。文化、自然、歴史、人、経済やビジネスだってまだまだ捨てたものじゃありません。外国に出るとなおさら感じるのですが、そこで生まれ育った自分の価値観も、だいぶ見え始めてきました。

 

 ならばなおさら、自信を持ってもっと外に出ていこう。

 まだ見ぬ空気が、自分を磨いてくれるはずだから。

     冒険の扉を開くのは、自分です。

Thank you Australia!
Thank you Australia!