Vol.9 唐津 窯開き村祭り

2016.12.3
『まんが日本昔ばなし』が好きでした
大竹一平

唐津焼作家の岸田匡啓さん。

2014年の夏の終わりだったかな? 渋谷の炎色野というギャラリーでお会いして以来、

連絡を取り合わせていただいてる仲です。

岸田さんは11月に窯開きという秋の新作をお披露目する会をやっていて、今年で3回目。

本来は岸田さんの新作発表のための、言ってしまえば個人的な会のはずが、

すっかり村総出のお祭りみたいになってるんです。

去年初めてお邪魔して、新作に触れる機会はもちろん、

その村祭り的な雰囲気がなんだか楽しくて、今年も行ってきました。

 


一番好きな季節に

 11月19日、東京でも紅葉が始まって、個人的には日本の四季の中で一番好きな季節です。

 その時期に焼物の新作に出逢い、なにも言わない器や皿を見つめて言葉を待ちつつ、澄んだ空気の中やや自省的な気持ちになるのも、秋らしくて悪くないです。だから岸田さんから窯開きの招待が郵便で届いた時、「これは行くしかない」と即座に決めていました。

 唐津、この2年間で4回目、かな? ここもだいぶ往き来する場所の1つになってきました。今回は日帰り、思えば去年の窯開きも日帰りでした。むしろ泊りがけで唐津入りしたことはこれまでに一回しかないんですが……。

 

 お便りをもらったのが11月に入ってすぐ。福岡行きの飛行機を予約しようと、そそくさとJALのウェブサイトを開き、空からの景色を見たいのでいつものように窓際を取ろうとするのですが、さすが福岡、土曜の朝はもうすでにどの便も席が埋まりつつあります。通路側はもちろん(飛行機で通路側のほうが人気っていうのが、実はいまだに腑に落ちてません。しかも国内線ですよ?)、窓側の席も埋まりつつある便が多く、席を選ぶ余裕はかなり限られます。

 「あぶないあぶない」と呟きつつ、いつもよりゆっくりめ、羽田9時発の便をとって、帰りは福岡発最終便、21時発を予約しました。帰りの便はわりと席にゆとりがあります。

 

 当日、ちょっと心配だったのが天気でした。その前の日まで全国的にかなり荒れた天気で、場所によっては季節外れの大雪、日本海のほうは雷、そして関東含めてあちこちで嵐という荒れ模様です。朝、まだ雨が残る羽田に着くと、空港は少しざわついた雰囲気。嵐のおかげで朝羽田に着く飛行機が遅れて、折り返しで各地へ向かう便にも遅れが出ているよう。今回、なんとなく油断したのかいつもより朝遅めの便にしたんですけど、こういうのがあると、やっぱり早めに動いておいたほうが、時間と気持ちの余裕が違いますね。

 特に日帰りの場合は。

 まあでも仕方ない。帰りの便は遅い時間だし、多少遅れても問題はないだろう。なんて思ってたら、福岡行きのJALは幸い15分遅れで飛んでくれました。

 

 ただ飛び立ってもしばらく厚い雲の中、多少揺れながら飛び続け、あとはひたすら雲の上を福岡まで飛び続けます。この季節なら空からうっすら雪が積もった富士山が見えたり、南アルプス山麓一面に紅葉が見えたりするのですが、これも仕方ない。モクモクとした雲が延々と続くのを見てるのも、実は好きです。

お!と思ったのが、福岡空港に近づくと、あきらかに雲が薄くなっています。着陸すると晴れとは言わないけれど、うっすら空の青さを感じられるかな、という天気。いいんじゃないの、これ。

 

11月に入ってすっかりクリスマス仕様の東京から、嵐の上を福岡へ

 

もはや虜、牧のうどん

 窯開きをやっている岸田さんの工房があるのは、唐津市の中心部から車で30~40分、鳥巣というけっこうな山の中にある集落です。福岡からの行き方はいろいろありますが、最近使うのは福岡空港駅からJR筑肥線に直通する地下鉄に乗って筑前前原駅まで45分、そこからカーシェアの車を借りてやはり40分程度のドライブという道のり。飛行機が遅れたうえに電車の乗り継ぎも悪かったので、筑前前原に着いたのは予定より30分ちょっと遅れて12時半でした。ま、これぐらいなら問題ない。

 なにより嬉しいことに、筑前前原に着くとすっかり空が晴れていました。しかも空気が南からから入ってきているようで、暖かい。福岡から佐賀にかけての日本海沿いって、玄界灘から直接吹き込む冷たい風のせいで、冬は(関東人が抱く)九州のイメージと違って冷え込む印象があります。鳥巣は標高700メートルちょっとと、山として特別に高いわけではないんですが、途中の道はけっこう急な坂をクネクネと上り続けるうえ、岸田さんの工房の辺りは冬になると雪が積もるそう。やっぱり天気が悪いよりは良いほうがいいです。

 

 「よしよし」と思いつつカーシェアのスズキ・ハスラーに乗り込み、エンジンをかけます。この車は外装も内装もデザインに遊び心があって好きですが、運転してみるとベースとなるワゴンRのほうがいいかなと思ってしまうのが残念なところ。大きなタイヤを履くせいかな。

 

 時間が遅れているわりには走り出してすぐ、10分ほどで車をいったん停めてしまいます。「牧のうどん」の本店で、もっちり柔らかい福岡うどんとオニギリの昼ごはん。ここのうどん、出汁の味と出汁を吸った柔らか麺の組み合わせがすっかり気に入ってしまいました。今回は柏飯じゃなくて普通のオニギリにしたんですが、付け合わせで出る昆布の佃煮がまた美味しい。このために筑前前原で途中下車してます。ほんとに。

 

 晴れつつある海沿いの国道を快適に走り、途中から左に折れて山を登っていきます。このあたりもちょうど紅葉のピーク、真っ黄色になったイチョウが太陽に照らされて光っています。途中の道は昨日の嵐の影響でやはりまだ濡れており、しかも落ち葉がたくさん落ちています。いかにも滑りそうな道を、のんびりと上っていきます。

 国道から外れて細い道を15分ほど上がり、右手に池が見えると、鳥巣地区です。

 また来たんだなあ。ここに。

 昔ばなしの世界みたいな村に。

 

福岡空港駅から地下鉄に乗り、愛してしまった「牧のうどん」にてコロッケうどんとおにぎりで満たされ、海を右手に抱えてドライブ

そして雨上がりの青空と紅葉、鳥巣はもうすぐ

 

人生2回目の餅つき

 去年と同じく、集会場には人が集まってお祭りの雰囲気になっています。車を駐車場に停めると、ちょうど岸田さんの奥様がいらっしゃいました。

 「また来ました」

 などと挨拶をすると、

 「図ったようにいいタイミングです!」

 「?」

 そうか! ちょうど餅つきが始まるところでした。たしかに、ペッタンペッタン音がし始めたなあとは思ったんです。

 

 屋外でビニールハウスのように簡単に囲まれた空間に石臼が置かれ、おじちゃん2人が杵を振り振り餅をついていました。すぐ外には大きな釜が焚き木のカマドにかかって湯気を出しており、もう1ラウンド分の餅米が炊かれているみたいです。

 「せっかくだからついていけば!」

 どこからかそんな声が飛んできたので、「じゃあ!」と杵を握ります。そう、去年ここで人生初の餅つきをしたんでした。これで2回目、でも2回目だからと言って上手くなったかと言われるとそんなことはなく、臼の端を叩いてしまったり、もう1人の餅つきパートナーと息が合わなかったり。意外と難しいんです。

 出来た餅は適当な大きさにちぎられてお湯の中にドンドン放り込まれ、それをおばちゃんたちが捏ねて丸く整えます。地元の子どもたちも手伝ったりして、なんだか微笑ましい光景です。

 そしてつきたての餅!

 集会場の建物に入り、つきたての餅にきな粉とアンコを乗せて食べると、んまあおいしい。本当においしい。とにかくおいしい。おかわりしちゃいました。鳥巣に着いていきなりいい気分です。

 

餅つきは思ったより大変だけど、みんなでやるのがまたいいんだと思う

……! ……!!
……! ……!!

 

焼き物を前に、あー、とか、うー、とか

 さて。

 あまりいつまでもマッタリしていられないので、すぐ隣にある鳥巣窯、岸田さんの工房へ移動します。が、工房の目の前にまたテント張りの出店があって、そこでまた足止め。地元のお店のおいしそうな芋ようかんとどら焼きを買っていると、気づいたら隣に岸田さんが立っていました。

 

 「おー。岸田さん!」

 「あれ、やっぱり! なんかスキンヘッドの人がいるなと思ったんですよ!」

 あ、正確にはスキンヘッドではなくて1ミリ刈なんですが、まあいいです。なにはともあれ再開です。やっぱり実際に会えると嬉しいですね。

 

 久々の再会に笑い合いながら自宅兼工房へ。ここがまた山あいの一軒家で、なんともいい雰囲気の建物なんです。外にかかる階段を、玄関とテラスがある2階へと上がります。テラスには花瓶や皿、奥には箸置きやお椀も並んでいます。

 岸田さんは「ちょっと待っててくださいね」と言ってそのまま建物の中へ消えていきます。ちょうど人もいないタイミングだったので工房はとても静かで、テラスに座って山の空気の中で岸田さんの作品を眺めていると、意識が自分の奥深くへと引き摺り込まれていくようです。不思議な感覚。陶器に自分の姿が映るはずもないのですが。

 

 おー。今年もここに来られたなあ。よかった。

 うー。しかしこの1年、オレは進歩してないなあ……。

 あー。でも、それはそれとしてやっぱりここにいると心休まるなあ。

 とか。

 

 岸田さんの焼き物にはそんなことをさせる力がある気がします。もともと山の中で静かな工房ですが、周囲の音がどんどん消えていくような。しばらく自分の奥深くに沈んでから、ふと我に返って建物の中に入ってみます。そこはギャラリーになっていて、朝鮮唐津、絵唐津など、やはりたくさんの作品が並んでいます。

 

 

土が分かってくる

 「この1年、岸田さんの中でなにかテーマはあったんですか?」

 「う~ん。テーマというかですね、食器を楽しみながら作っています」

 確かに、小さいものだと箸置きから小皿、お茶碗、平皿、大皿と、食器は多く目につきます。最近、料理屋さんからの注文も入るようになってきて、少しずつ納めるお店が増えているそうです。

 

「焼き物を納めさせていただいたお店には、できるだけ食事に行ったりするんですよ。実際にどんな風に使われているかを見ると、刺激と勉強になりますね」

 

 岸田さんとは一度だけ、東京にいらした際に一緒に飲みに行ったことがあります。料理とお酒をじっくりゆっくり愉しみながらで、いい飲み方だなあと思った覚えがあります。この日はギャラリーに座ってアルコールを飛ばしたホットワイン、さらに芋ようかんと抹茶などをいただきながら話を聞きます。

 

 「それと最近、ようやくこの辺りで採れる土の使い方が分かってきたんですよ」

 「土の使い方ですか」

 焼き物の産地のなかにはもう地元で土が採れず、遠くから土を買ってくるところもあります。でも唐津はまだまだ、地元の土で焼き物が作れるようです。

 

 「土で違うものなんですか」

 「違いますねえ。いろいろやりながらだんだん土が分かってきて、そうするとまたいろいろと試したくなるんですよね。あれをやってみようとか、こうしてみようとか、そんなふうに遊びながら作ってます」

 「だからかな、なんとなく焼き物に勢いがあるというか」

 生意気にもそんなことを言ってしまいました。

 

 「あ、でも自分もやっぱり、遊びながら楽しみながら作った焼き物には勢いが出るし、なにかが変わってくると思うんですよね」

 「違いが出ますか」

 「やっぱり出てしまうと思います。少なくとも、同業者が見れば、それはバレちゃうんじゃないかなあ」

 

 

肉体労働としての陶芸家

 前回この工房にお邪魔した時、岸田さんの土を見せてもらったことがあります。いまは2階にあるテラスとギャラリーにいますが、1階は納屋のようになっていて、ガラリと戸を開けると、ビニールに小分けにされた土がたくさん大切に保管されていました。

 その時の話が印象的でした。

 「陶芸家っていうとロクロの前に座って黙々と土を捏ねてるイメージがあると思いますけど、違うんです」という話でした。

 

 陶芸家の仕事は、山に土をとりに行って、とった土を混ぜこねて、そんな土を作るところから始まる。歩いて脚を使って土を求めて、捏ねるのには腕と全身を使って。土を捏ねて形を作ったら、唐津の、岸田さんの場合は、焼くのは登り窯。薪を使って火を起こして火加減を調整し続けて、ようやく焼き物ができあがる。薪は買うのが多いものの、時には自分で薪割りもするそうです。

 

 「座って仕事をするのは陶芸家のほんの一部で、実はほとんどが肉体労働なんです」

 

 その話を聞いた時も「ほー」と思ったのですが、こうして2年続けて岸田さんの山あいの工房にいて、おそらく去年よりも視野と気持ちの余裕が広がって、少しずつ広い景色が見えてくると、ますますその仕事の肉体と精神の過酷さが見えてくるようで、焼き物に対する真摯でまっすぐな姿勢がヒリヒリと感じられます。

 ただ、真摯でヒリヒリとしたものを感じると言いながら、一方ではこの工房にいると心の底から気持ちがほぐれてきます。癒される、という言葉では足りなくて、縮まって固まった心の細胞1つ1つがほぐれて、それぞれが大きく深呼吸しているのを実感します。

 作家と作品が作る空気が、ここにあります。

 

 

岸田さんは陶芸の世界では若手だし、実際に年齢もまだ30代前半。ただ話すとお茶目だけどしっかり大人で、きっと頭の中には形にしたい“なにか”が浮かび続けているんだろうな、一言でいえばいい作家で静かにおもしろい人。

 

ほぐれた心に「だぶ汁」がだぶだぶ沁みる

 だからなんだと思います。

 渋谷のギャラリーで見た岸田さんの作品も素敵でした。でもこの工房で見る作品はもっとイキイキノビノビとしています。かじりかけなので陶芸の世界や作品に詳しいなんては全然言えませんが、でもそれは分かる気がしました。本人が楽しんで作った作品が、生まれた空気の中でのびのびと横たわっている。作家の手を離れても作品は作家と一体になったままだし、なにかヨロコビに満ちた空気を発している気がします。そしてこれからそれぞれの物語が生まれていく、ような気がする。

 不思議ですけどね。

 

 もう少しここにいようかなあと思いつつ、お客さんもたくさんいらっしゃるし、そろそろ帰ろうと「また来ます」と挨拶をして工房を離れました。嬉しいことに集会場で再び岸田さんの奥様と近所の方に会い、「だぶ汁食べていきませんか?」と声をかけられます。

 だぶ汁?

 佐賀の料理で、煮物のような、汁物のような、地元で採れたたくさんの野菜が甘く整えられたたっぷりの汁の中にゴロゴロとしています。このお祭りのために、女性の皆さんが前の日から仕込んで作ったそう。ここでしか食べられない料理、これは贅沢です。すごいなあ。そして、無口になるぐらいおいしい。しみじみと優しい味で。だぶ汁におにぎりと漬物。正しい日本のご飯です。

 まあ、さっきから食べてばっかりですけど。

 

 しかし……。このままこの集会場にできれば横になってしまって、もうしばらくゴロゴロと過ごしていたいなあ。気持ちがいい場所にいるとそう思えて仕方ないです。外からおじゃましている身分ですけど、岸田さんの工房と、それと鳥巣も個人的にとても好きな場所です。いろんな人と、いろんな物の空気が柔らかい。 旅行者の目だからそう感じるのかもしれないですけどね。旅行者の目にさえそう映らない場所もわりとあります。

 たぶん、作品も作家の個性と人柄、それに加えてその土地の空気も吸収してできるんだろな。

 そらそうだよな。まず人が生活して、その次に作品が生まれるんだから。

 そこの空気を吸ってるに違いない。

 ならばやっぱり、作品にも匂いってあるのかもな。