Vol.14 Melbourne ワイン、ビール、バーガー旅  メルボルン到着編



たまにワインを飲みます。
ほとんどは安ワインで、1,000円もしないような。
その中で、たまに少しいいワインを飲むと「さすがに美味いなあ」と。
フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、アメリカ、チリ、南アフリカ、日本等々、

そしてオーストラリア。
酒はどれもそうですが、ワインも作り手の意志がストレートに出る“作品”です。
ワイナリーに行ってみたいなあーー。
そんなことを思っていたら、

オーストラリアワインの産地、メルボルンに行く機会ができました。
先に言うと、今回は伝統工芸というより旅の話です。

ただオーストラリアに行って飲み食いしてきました、

という話にほぼ終始します。


前半は、メルボルンに着いたところまでです。

 

2017.5.16
さすが、世界一住みたい街だな
大竹一平



囚人の街と呼ばないで

  オーストラリア大陸の南の端、メルボルンは日本でいうと江戸時代に出来た街です。


  よく「オーストラリアの始まりは島流しになった囚人の国」という話を聞きますが、これはある一面を表してはいるけど、真理ではないといった話です。
  メルボルンに住む友人Tは「シドニーは囚人が集まって出来た街だけど、メルボルンはゴールドラッシュで出来た街だ」と言います。まあ、Tの話を聞いていると、オーストラリアにおける「メルボルン・シドニー問題」、日本でいえば「東京・大阪問題」、埼玉でいう「浦和・大宮問題」、ようは地元っ子の他愛のない郷土愛合戦のような面が強く見られるので、メルボルン愛溢れるTの言葉を100%鵜呑みにしてはいけないものの、まあ間違ってもいないでしょう。


  実際、メルボルンにあるビクトリア州立博物館に行ってみると、1860年頃にメルボルンから内陸に入ったあたりで金鉱が発見され、それ以降世界中からメルボルンめがけて金持ちも貧乏人も一攫千金を夢見て多くの人が集まり、一気に栄えてきたーー。という街の生い立ちがよく分かります。


  ゴールドラッシュで栄えた街。なんだかまたそれもワクワクする響きです。金が豊かだったから、金回りも良く、文化や娯楽も盛大に花開いたのでしょう。今でも残っている石造りの古くて大きな劇場やかつて大銀行の支店だった威厳の塊のような建物、数々の小さなギャラリーなど、街を歩いているとロンドンあたりを散歩しているような気分になってくるし、現代の芸能に関してもオーストラリアの中心的発信地はメルボルンのようです。


現代と古き良き時代、高層ビルと緑、

ゴールドラッシュ時代と、Yarra River

 

春から秋へ

  さて。
  今回訪れたのは4月の頭、現地は南半球なので季節は日本と正反対で、メルボルンは秋に入ろうとしている頃。
  日本が4月ならその半年後の10月にあたるイメージ、ならばまさにワインがよさそうな時季です。季節は逆だけど、日本のほぼ真南にあるので時差は1時間だけ。時差ボケの心配はなさそうですね。

  今回、メルボルンに行こうと思った直接のきっかけは、友人Tができたことでした。
  Tはメルボルンに住むオーストラリア人、オーストラリア人は自分たちのことをオージー(Aussie)と呼びます。
  Tは友人と言っても年上の紳士で、メッセンジャーでやり取りをしても、そのコメントがいかにも含蓄があって、いい人生を送って来たんだろうなあという雰囲気。
  そしてインターネットを介したやり取りをしているうちに、メルボルンはオーストラリアワインの一大産地であること、市の近郊にはたくさんのワイナリーが点在していることを知ったわけです。
  おー、そうか。メルボルンでワインか。いいじゃないか! 
  オーストラリアは行ったことがなく、なかなかその機会がなかったので、これもまたちょうどいい機会だなと。

  メルボルンへ行くにはいくつか方法があります。
  今回、往路はJALで成田からシドニーへ、そこでカンタス航空に乗り換えてメルボルン。帰りはメルボルンからカンタスでシンガポールに出て、JALに乗り換えて羽田に帰ることにしました。
  往きと帰りでルートを変えられるのって、個人的には楽しいです。
  その他には香港やシンガポールなどアジアのハブ都市を経由するルート、ジェットスターでオーストラリア国内乗り継ぎなどありますが、ちょっと高いけど一番手軽なのはカンタスで成田からの直行便でしょう。
  ただ、例によってマイルを使えるので、僕は今回もJALです。

  出発が近づくにつれTとのやりとりが増えるなか、メルボルンは季節が急速に夏から秋に向かっているという現地の情報が入ってきます。桜が咲き、日に日に気温が上がっていく春の日本を出て、秋を迎えて日々気温が下がっていく国に出かけるのは初めてです。

  なんとなく、いつもより荷物を多めにして、もし現地の気温が思ったより下がっても対応できるように、フリースと雨風を避けられる薄手のアウターは持っていくことにしました。

 

出かけたのは桜が満開を過ぎた頃
出かけたのは桜が満開を過ぎた頃

 

朝陽、完璧で徹底的な光


  金曜の夕方に成田に向かい、空港でビールを飲み、機内でビールを飲み、一眠りしてから目覚めると、すでに我らがボーイング787-9はオーストラリア大陸上空に差し掛かっていました。
  寝起きの頭で窓から外の青黒い空を眺め、ボーッとしたままトイレに立ち、機内の、左側の窓から外を見て、思わず息を飲みます。


  それはちょうど東の地平線から真っ赤な太陽が上るところ。朝陽を見るのは久しぶりですが、明らかに日本のと色が違います。同じなのは太陽のまぶしい白だけ。夜の闇から朝陽を受けて変わっていく空の色がまったく違っていました。

  燃え盛る炎のような深い赤が地平線を焦がし、太陽は生まれたばかりのように真っ白く強い光を放ち、そこから空は天空に向かって群青色から濃紺へと一気に移り変わる色とりどりの青。その存在感が完璧で、そのシンプルな多彩さが徹底的なこと。
  盛大で壮大で力強く、華麗で精緻で儚い朝の光です。


  「うわぁ」


  トイレに入るのも忘れて、しばらく窓にへばりついていました。
  通りがかったCAさんから「お手洗い、空いたみたいですよ」と声を掛けられるまで……。
  しかしまったくほんとに、オーストラリアとの出会いは、これ以上なく劇的でした。

  シドニーで乗り継ぎ、メルボルンへ向かうカンタスの機内でも、ずっと窓から外を見ていました。シドニーは午前9時頃に出発し、夜行便明けでしたがぜんぜん眠くありません。空からみるオーストラリアの南端は、どこまでも緑が続く豊かな大地でした。それは、個人的に漠然と抱いていた“オーストラリア=赤い大陸”というイメージを、完全に気持ちよく覆してくれる景色です。


  こういう体験をするたびに「浅はかだったなあ。おれ」といつも思います。

 

初のオーストラリア大陸(上空)
初のオーストラリア大陸(上空)

 

街のサイズがちょうどいい


  メルボルン空港から市内へは、シティバスという2階建の連絡バスが10分おきぐらいに走っています。市内までは約30分。幸い往きも帰りも渋滞には遭うこともなかったのですが、ただ、いくつかの空港ターミナルビルを回ってやってきたバスは、僕が乗るバス停に着いた段階で満席。それでも係員は「はいはいどうぞ」と客を乗せていきます。

  「え」と思いましたね。日本のリムジンバスや最近人気の東京駅と成田空港を結ぶLCCバスでも立ち乗りはないと思うし、思えば北京の空港バスだって席が埋まれば出発しました。でも、シティバスは立ち乗りです。
  しかも日本で言えば高速道路的な国道を突っ走っていきます。

  そうか、これがオージーか。

  出かける前、東京でメルボルン市内の地図を見ていてなんとなく思っていたのですが、メルボルンシティはほどよくコンパクトにまとまっています。市の中心部にホテルをとれば、だいたいどこでも徒歩で回れる距離感。しかも市の縦横はトラムと呼ばれる路面電車が走っていて、うれしいのが市中心部は無料で乗り放題。短い旅行なら、観光も飲み食いもだいたいその無料区間内で事足ります。

  日本からHotels.comで予約したのはCITY TEMPOというホテル。ビクトリアマーケットの近くで、ホテルというより1泊から貸し出すアパートメントのようで、部屋を入るとすぐに洗剤が用意された洗濯機があり、それに続くキッチンには料理器具や食器、グラスも備え付けられてあります。

  シティバスが着くサザンクロス駅からは歩いて15分ぐらい。ホテルに着く直前に雨に降られましたが、緑が多く、雰囲気あるレンガ作りの建物が立ち並ぶ通りを歩きながら、メルボルンの街を自分の頭と身体にフィットさせていくのには良い距離でした。


  ホテルに着くとチェックインの時間にはまだ早く、部屋には入れないよう。さっきザッと来た雨もすぐにやんだし、ランチがてらビクトリアマーケットを散歩します。


サザンクロス駅からホテルへ

地図上の赤い輪っかがレトロな無料トラムが走るサークルライン、

その内側がメルボルンの中心。南北はゆっくり歩いても30分ほど

 

 

サンドイッチとかハンバーガーとか、ホットドッグとか


  オーストラリアの短い滞在で、ワイナリー巡りの他にやりたいことがいくつかありました。その1つが、ハンバーガーを食べまくってやろうと。なぜでしょう、そう頑なに決めていました。牧草で育ったオージービーフの、本場の、巨大でジューシーなやつをビールとともにやったろうと。オージーたちはハンバーガーではなくて、バーガーと呼んでいました。

  ビクトリアマーケット、日本でも外国でも、やはり市場って楽しいですね。作家の開高健は確か「その国のことを知りたかったら市場へ行け、女を抱け」といったようなことを言っていました。まあ女の方はいろいろ大変ですが、市場のほうは簡単に実行できます。


  野菜、果物、魚、肉、パン、ケーキ、お菓子、蜂蜜、酒、食器、服、オモチャ、広大な敷地になんでもそろっている市場です。日本では見かけないような、よく分からない野菜や果物も並んでいます。自分のようないかにもな観光客もいますが、地元の人が日常の買い物に来ている様子も多く見られます。
  なんでしょう、実は僕は最近日本に増えたショッピングモールにはほぼ興味がなく、それでもたまに立ち入ってみるとたいてい10分以内にウンザリするのですが、こういう市場は好きです。たとえばショッピングモールを「現代版市場」と位置付ければ、そんな気もしないでもない。

  でもやっぱり、市場のほうが数百倍はおもしろく、歩いていて楽しい。市場は平屋だからか? そういう問題じゃないか?

 

ビクトリア市場

 

  で、市場にバーガー屋はあるんだろうか?

  そんなことを考えながら歩いていました。すると、やっぱりありました。というか、バーガー、サンドイッチ、ホットドッグ屋が並ぶ一角がありました。わお! そして実はバーガーよりも先に、うまそうなホットドッグ屋、サンドイッチ屋が目に入ってしまいました。バーガーも好きですが、ホットドッグもサンドイッチもかなり好きです。しかも、そのすぐ近くにはビールを売っている店もあるじゃないですか。

  メルボルンはカフェの街でもあり、レベルの高いコーヒーやラテを楽しめるそうですが、ここは断然ビールでしょう。

  あとはホットドッグにするか、サンドイッチにするか。
  1.5秒ほど迷って、ホットドッグにしました。そもそもハンバーガー食べようと思ってたから、肉の気分なんですね。

 

思い込みがビールに溶けていく


  目についたのはThe Bratwurst Shop、名前の響き通りドイツ風ホットドッグの店で、なかなか混み合っている人気店です。店の前にはなんとなく人が群がっていますが、日本のように一列に行儀よく並ぶ感じではありません。なんとなくわーっと群がっている人たちが、なんとなくお互いに順番を待つといった雰囲気。その中に混じって他の人が注文するのを見ていると、お店のお姉さんが「ソーセージ」「ソース」「トッピング」の種類を矢継ぎ早に質問してくるようです。あのスピード感についていけるだろうか。群れの中でなんとなく順番のスキをうかがいながら、メニューを睨みつつ頭の中では必死にホットドッグ・シミュレーションを繰り返します。

その魅惑の一角

 


  メニューとシミュレーションを数回検討したうえで、お店のお姉さんと目があったタイミングで注文しました。女性の靴ぐらいありそうなサイズのフランスパンに、しっかり焼かれた巨大なソーセージが挟み込まれ、チーズとサワークラウトをトッピングしてもらい、ソースはマスタード。
  このマスタードソースもいくつか種類があるようでしたが、この段階でもはや我が頭は英語の瞬発力についていけず、勢いでよくわからないままに適当なマスタードが選ばれてきました。お店のお姉さんも英語があやふやで無駄に力ばっかり入っている日本人(僕のことですけど)を相手にするのだから気の毒です。まあでも外国旅行ってそんなもんです。たぶん。

  紙に包まれたホットドッグを手に、冷めないうちに急いで向かいの店でビールを買います。が、これもまた種類が豊富で驚きました。あとで知ったのですが、メルボルンから近いタスマニア島では良質なホップが採れるそうで、だからメルボルンはワインだけでなく、地ビールの醸造所の数も相当なものになるそうです。うーん。メルボルン、ますますいいところだ。


シアワセ

 

  知らない街、それも初めて来た国で、最初の食事が“当たり”だと、「なんか道中いいことありそうだなあ」と気持ちが温もってきます。ホットドッグとビールを手にベンチに座り、雨上がりの穏やかで透明感溢れる初秋の陽光を浴びながら食べるメルボルンのランチは、まさに最高の当たり、でした。

  オーストラリア、訪れるまでは「ガサツで、タフさだけが取り柄の国」というイメージを勝手に持っていました。でもそれは上陸した途端、正確にはオーストラリア大陸上空で朝陽を受けた瞬間から、それが間違いだったことを感じ始め、昼の市場でビールを飲み終えた時には、もうすっかり意識が変わっていました。

  島国と狭小な自分から抜け出て新たな価値観を得たところで、次回はTとともにワイナリーへ出かけます。