Vol.18 弥富 好奇心と探求心の塊「漆100%の器」

 

すっかりご無沙汰してしまいました。

個人的な話ですが、実はこの8月から、独立してMtipCreative株式会社という会社を本格的に始めました。

会社って、始めてみるといろいろやることがあるもんですね。

わーっと進んだあれこれがひと段落し、気持ち的にも落ち着いたところで更新再開です。

 

そして再開第一回目となったのは、漆100%の器を作っている漆職人の武藤久由さんです。

漆、塗り物ではよく見かけますが、「漆だけ」で作られた物ってあまりないと思います。

あまり、というか、これまでにまったくなかったと思います。

武藤さんの作品を知った時は素直に驚きました。

実際に手にして、今までになかった感覚を覚えました。

そして話を聞くと、徹底した姿勢に言葉を失ったり、笑ってしまったり。

世界で唯一の作品を生み出す漆職人。

 

その漆に対する飽くなき探求心は、分かりやすく言えば、究極の漆マニアです。

 

2017.11.16

探求心、知り尽くした世界をさらに広げる力

大竹 一平

 


いろいろ想像を超えている

 「昔から、同じことを繰り返すことが、まったく苦ではなかったんですよ」

 

 武藤さんは、さらりと言いました。確かに職人になるような人ってそういう方が多いのかもしれません。でも、もう少し後にその原点となる経験を聞いた時、いろんな方向で自分の想像を超えていました。

 

 

漆職人の武藤久由さん。いろいろなことをサラリと話してくださる
漆職人の武藤久由さん。いろいろなことをサラリと話してくださる

 

 まずは弥富市です。

弥富市、実はまったく初めて聞いた地名でした。地図を見ると名古屋の南西、名古屋市と“ほぼ”隣り合っていて、木曽川を越えると三重県桑名市という場所です。そう、地図を見てびっくりしました。名古屋市と弥富市は、日光川を挟んでおそらくほんの一部だけ隣り合っているものの、その間に飛島村という村が挟まれています。「え?」と思いましたね。名古屋市の隣に村? 東京なら23区の隣に村がある感じです。飛島村は海に面していて埋立地もあるみたいだし、工業地帯のある村、なんでしょうね。すごいなあ。日本で一番裕福な村なんだろうな。

 

 さて、事前に教えてもらった住所では、武藤さんの工房は弥富駅から車で10分くらいだそうです。再び地図を見ると(地図を見るのが好きなんです)、弥富駅よりも、そこから乗り換えてひと駅、五ノ三駅という駅のほうが近いことが分かりました。五ノ三、小学校のクラスみたいですね。その駅名もちょっとおもしろかったので、今回は名古屋から近鉄で近鉄弥富駅に出て、少し離れたJRと名鉄の弥富駅で名鉄に乗り換え、五ノ三駅に出ることにしました。

 

 

五ノ三駅
五ノ三駅

名古屋仏壇の漆職人

 弥富駅を出て、田んぼの中の単線をトコトコ進み、3分もしないで五ノ三駅です。教えてもらった住所をGoogleマップを見ながら探していくと、10分も歩かないぐらいで武藤さんの自宅兼工房に着きました。おそらくこっちが工房なんだろうなあと思いつつ、呼び鈴があるのは自宅のほうだったので、そちらに回ってピンポンを鳴らすと、武藤さんが出てきてくれました。あー、よかった。お会いできた。

やっぱり初めてうかがう家って緊張しますよね。表札に「武藤」とあっても、もしかしたら同姓の違う武藤さんの家だったりするかもしれないし。

 

五ノ三駅を出たあたり。うかがったのは7月、アップするまでにだいぶ時間がかかっちゃったな
五ノ三駅を出たあたり。うかがったのは7月、アップするまでにだいぶ時間がかかっちゃったな

 

武藤さんの家は、もともと仏壇に漆を塗る職人の家庭で、武藤さんのお父さんも腕のいい職人として知られているそうです。

 

「名古屋を中心に尾張の西部にかけて、名古屋仏壇と呼ばれる仏壇作りの職人が集まっているんです。今ではだいぶその数も減ってしまいましたけどね。土地柄、この辺りでは大きくて立派な仏壇が好まれていたんです。仏壇はいろいろな技術が組み合わされて出来ていて、うちがやっているのがその1つ、仏壇の表面を塗る漆塗りです」

 

 工房にお邪魔すると、大きな窓と作業台がある広い部屋でした。仏壇が大きいから、塗るための作業台も大きくなるんでしょうね。窓が大きいのは、天然の光で色合いを見るためでしょうか。

 

 

漆だけ、だから漆100%

 「こちらへどうぞ」

 

 武藤さんにそう言われ、「塗り場」という別の作業室に入ると、ありました。漆100%のグラスが。赤、黒、黄色、深い青――。ザ・漆というイメージの色もあれば、意外なぐらいカラフルな器もあります。おー、これだこれだ。

 

 「漆だけで器を作るって、あらためて見ても、やっぱり不思議ですよね」

 「そう言ってもらえると嬉しいです。」

 

 漆100%グラス、漆職人について、漆について、武藤さんに聞きたいことはたくさんあります。

 

 「武藤さんはお父さんが漆職人だったということは、自分もやっぱりゆくゆくは職人になるつもりだったんですか?」

 

 「子どもの頃からすぐそばで見ていたので、なんとなく自分も漆塗りをやるんだろうな、とは思っていました。ただ、なんていうか、そこまで強い思いっていうのはなかったんですよ。だから普通、漆塗りの職人になる人は高校を出てすぐに師匠のもとに弟子入りをすることが多いのですが、自分の場合は大学に進学させてもらいました」

 

 「でもそうなると、大学に行くことをお父さんは反対しなかったんですか?」

 

 「それがしなかったですね。むしろ漆職人をやるにしてもやらないにしても、広い世界を見ておいたほうがいいと」

 

 大学に進学して学生生活を送るって、いま思えば貴重な時間です。自分はそうでしたが、学生生活を送りながら「おれはなにをやるのかなあ」などとぼんやり考えつつ、就職活動が始まると、いよいよ自分の進む道を少し真剣に考えるようになる。

 

 「就職活動が始まると、周りの友人とも面接を受けた話、会社の話なんかをよくするようになったんです。ただ、実は自分にはいまひとつ“会社”というのがピンときてなかったんですね。父親も職人だし、会社や会社員というのが分かるような、分からないような。加えて自分は理系だったのですが、就職活動をする友人たちと話をすると、会社を選ぶ基準として出てくる話が休日の多さとか、福利厚生とか…。なんかちょっと違うよなあ、と思っていたんです」

 

並んでいる器が全部、漆100%
並んでいる器が全部、漆100%

運命の里帰り

 自分を振り返ると特にそうなのですが、結局は学生の頃って仕事したくなかったんだよなあ、と思います。だから仕事の内容云々よりも、いかに快適に、もっと言えば楽に生きていけるかに焦点を当てていた気がします。だからまあ、武藤さんの友達が言ったことも、よく分かります。

 

 「そんなある日、家に帰って、なにげなく工房に入ってみたんです。そしたら驚きました。父親の塗った壁板が置いてあったのですが、それが窓からの夕日に照らされて本当にきれいに見えたんです。うわあ、きれいだなあと。うちではこんなにきれいなものを作っていたんだと、あらためて思いました」

 

 武藤さんは大学時代、家を出て下宿していたそうです。久しぶりに帰って、ちょうど陽の光が入る絶妙な時間帯に父親の作品を目にし、衝撃を受ける。そんな作品を作っている父親もかっこいいし、きちんと応える武藤さんの感性も、やはり素敵です。

 

 「あれを見た時のことは今でも強烈に覚えています。本当にきれいでした。それで自分も職人の道を進もうと決めました」

 

 なんというか、まさに運命の里帰りです。就職活動の時期にその光景に遭えたのが絶妙のタイミングだったというか、そういう巡り合わせってあるんですね。

 

 「ただ、家族には反対されました」

 

「え!?」

 

 「父親は私の進む道について、賛成とも反対ともはっきりは言いませんでした。ただ、母親が反対しましてね。職人の厳しさ、それに仏壇の世界の先々の可能性を考えると、自分の息子を職人にするのはどうかと思ったんでしょうね」

 

 武藤さんはそう言って笑います。最初に工房で話を聞いた時、武藤さんは「大型の仏壇の仕事はもはや厳しいというレベルではなく、終わったと思っています」とおっしゃいました。武藤さんが漆塗り職人になって今年で25年目だそうです。25年前、おそらく今の状況になるような気配はもうあったんでしょう。息子の将来の生活を考え、母親としては反対したようです。

 

 「でも、自分では決めてしまったので、周りが就職活動をしている時でも、自分は当時所属していた弓道部で弓ばかり引いていました」

 

 10代から20代にかけて、学生という自由な身分の同世代の考えに触れたこと、それに、自分の意志で職人になることを決められたというのは、もしかしたら大きな財産なのかもしれません。

ただちょっと気になったのが、武藤さんが大学に通っていた間、同い年の職人はすでに4年分の修行を進めているわけです。

 

 「大学を出てから修行を始めたとなると、同年代の職人より4年遅れてスタートを切る形になりますよね?」

 

 「そうですね。4年遅れています。そのせいもあると思うのですが、普通、この世界では父親が職人でも、その息子は親父の下で修行するのではなく、よその工房へ行って技術を身に着けるのが一般的です。ただ、自分の場合は父の判断もあり、父親の弟子として修行を始めました」

 

 ここまでの話を聞いて、今の武藤さんがあるのは努力はもちろんですが、漆に呼ばれていた部分もあるのかもなあと思いました。

 

出番を待つ漆たち。奥の一升瓶に入っているのはお酒でなく、漆を拭き取るシンナー
出番を待つ漆たち。奥の一升瓶に入っているのはお酒でなく、漆を拭き取るシンナー

「見て覚えろ」は乱暴なのか?

そうやって、武藤さんは漆塗りの職人の道に入ります。

漆塗りの作業は

下地作り→中塗り→上塗り

と進み、修行では「下地3年、漆一生」と言われるそうです。下地3年の間は一切漆に触れさせてもらえず、3年経つとようやく漆を扱うことができるようになるそうです。

 ただ、武藤さんは下地の修行を2年でクリアし、3年目からは漆の中塗りをさせてもらえるレベルになったそうです。

 

 「父親が知られた職人で、自分も負けられないというのもあったし、父親の下について甘やかされてると思われるのも嫌だったしで、一生懸命に修行した結果というのはあると思います。加えて、父親が技術を一切隠さない人なんですね。普通、多くの職人は今私たちがいる塗り場での作業は一切他人に見せません」

 

 「あ、そうなんですか。自分の技術に対する思いが強いタイプなんですね」

 

「“塗り場は譲らん”みたいなところはあるんでしょうね。多くの工房では、塗り場と作業場が壁で隔てることが多いんです。だから職人はみな塗り方が少しずつ違うんです」

 

「完全に自分の経験次第ってことですね。弟子としては師匠の技術に触れるどころか、見ることもできない。それじゃあ苦労しますね」

 

「そうなんです。でもうちは見てもらうと分かるとおり、仕切られてはありますが、ガラス戸なんです。だから自分も父親がどんな順番で、どんな作業をしているのかを見ることはできた。父親もいちいち技術を教えることはしませんが、見せてはくれた。それは大きかったと思います」

 

 職人の世界はどこでも「習うのではなく、見て覚える」が基本だと思います。ただ、これは別に教えたくないわけじゃないんだとも思います。

たとえば、武藤さんの漆塗りで言えば、塗った漆は湿度を加えることで固まります(武藤さんは「固まる」でなく「締まる」という表現を使っていました)。その時、漆に与える湿度が足りないと締まらないし、多すぎると表面だけが締まって中が少し緩い状態になってしまうそうです。

自分が塗った作品を適度に締める作業は、その時の漆の状態と、その日の天候、空気中の湿度、温度、すべてを総合したうえでの判断になります。だから「気温が何度の時は、湿度〇%」とマニュアル的に教えることは、目安にはなっても本質的にはまったく意味がありません。最後は職人自身の感覚に頼らざるを得ないからこそ、自分で成功と失敗の体験を繰り返して、それが自分の中で経験として定着するのを待つしかないわけです。

 

それはともかく、武藤さんは仏壇塗りの職人としてメキメキと力をつけ、そのまま10年経った時、ある思いに至ったそうです。

 

「下地、中塗り、上塗りと一応一通りできるようになって、10年が過ぎた頃、とりあえずそれなりのレベルにはなれたかなという実感があったんです。父親は下地を含めて、塗るまでの準備をとても入念にやります。その分、塗り始めると仕事がとても速い。速くて綺麗なんですね。自分にもそのやり方と意味がだいぶ理解できるようになって、それで周囲が見えるようになってきました」

 

腕の立つ職人の息子としてのプレッシャーもあったと思います。だからこそ、武藤さんにとっては濃い10年だったんだと思います。でもそこで、ふと顔を上げる余裕が出てきた。

 

「父親の作品を見た名古屋の職人さんからは“やっぱり武藤さんの漆が一番きれいだよ”と言われるのですが、自分の目で日本各地の仏壇を見てまわると、やっぱりもっと上がいるというか、他の人の作品を見て“きれいだな”と思う機会が増えてきたんですね」

 

あー。武藤さんの目が“漆職人の目”になったんですね。

 

「それで、塗り職人っていうのは、たとえば名古屋にある大きな仏壇屋から注文を受けて作るわけです。だからお客さんと直接やりとりする機会っていうのは、ないんですね。10年たって、ある程度自分がやれるという実感がついたところで、自分もお客さんと直接やりとりしてみたいなあ、と思ったんですよ」

 

お! いよいよ話が佳境に入ってきました。

  

漆を塗る前に、古い漆を使って必ず刷毛(はけ)についた汚れを落とす

何度も何度も丁寧に

「塗る前に丁寧に時間をかけて準備することが大切なんです」と武藤さん

本能の赴くまま、漆を塗る

「そこから世界で唯一、漆100%の食器が誕生したわけですか?」

 

「最初から漆100%の器を作ろうとしたわけではないんです。最初は本当に試行錯誤でした。最初に漆を塗ったのは石ころでした。あとは葉っぱに塗ってみたり、和紙に塗ってみたり。漆を塗ってみたらどうなるんだろう?という好奇心のまま、遊び感覚で塗っていました」

 

「でも漆って、自分らからすると貴重で高級品なイメージがあるんですけど…。なんていうか、ずいぶん贅沢な遊びですよね」

 

「確かに贅沢な遊びかもしれませんね。でも、小さな頃から家にはいつも漆があったので、自分にとっては漆は本当に日常で触れられるものなんです」

 

「いろいろなものに漆を塗る中で、やはり塗る前にはある程度イメージできているものなんですか?」

 

「一応、これまでの経験から仮説を立て、実際に塗って、検証するという流れはあります。ただ、今作っている漆100%は、漆の厚みがけっこう大事になってくるのですが、仏壇に塗っている時は漆の厚みというのはそこまで意識していませんでした」

 

「漆100%の誕生は、なにかきっかけがあったんですか?」

 

「一番最初は、子どもが食べていたゼリーの、空いた器に塗ったのがきっかけでした。剥離しやすい素材に漆を塗れば、そういったものも出来るんだろうなとは思っていたのですが。実際にやってみると『ほんとに出来るんだ』という驚きというか、感動はありました」

 

100%の器、艶があって軽くて適度な弾力があって、手にしてみるとなかなか不思議な素材です。今ではクシャっと潰したような器とか、色素となる金属を混ぜてカラフルにした器とか、バリエーションも豊富です。その背景には、適度に締まる塗り方、厚みの出し方、湿度のかけかたなど、気が遠くなるような数の挑戦と、失敗を繰り返してきたわけです。

  

武藤さんが最初に漆を塗った“作品”。これが伝説の始まり
武藤さんが最初に漆を塗った“作品”。これが伝説の始まり

漆の良さを知り尽くした“漆マニア”

「なんていうか、とてもマニアックですよね。武藤さんの漆に対する思いって」

 

「同業の人からもマニアックと言われます(笑)。ただね、子どもの頃から触れていた漆、その素晴らしさを、もっとたくさんの人に知ってほしいんです。その思いだけなんですよね」

 

そう言いながら、漆にガラスをはめ込んで作られた器を見せてくれました。

 

「これでお酒を飲むといいですよ。漆器はきれいですけど、器を通して向こう側が見えるお猪口ってないですよね。これは漆にガラスをはめ込んで作ったので、こうして飲むと向こうの人の顔が見える。そんなものが作れたらおもしろいだろうなと思って、作ってみたんですよ。よかったら、ちょっと飲んでみません?」

 

そう言って、武藤さんは一升瓶を持ってきました。普段、この塗り場ではお酒は飲まないそうです。特別な場で、特別な器で、お酒をいただく。想像していなかった展開なので少し驚きつつ、もちろんいただきました。

地元の蔵で作られた純米酒ももちろん美味しいのですが、この漆の器、口当たりがとても柔らかい。陶器の温かさや漆器の切れ味とも違う、なめらかな優しさ。だから酒の味もおだやかに感じ、とても飲みやすい感じがします。

 

一口飲めばなおさら分かる

「口辺りがいいでしょう? 独特な感じですよね。他の素材でもそうですけど、形や厚みでお酒の味も変わってくるんです。せっかくだから、こっちも試してみてください」

 

今度は平らな盃です。ほんとだ、さっきと同じ酒なのに香りの雰囲気が違う。

 

「香り方が違いますね。おもしろいなあ」

「ですよね。私自身もお酒が好きだし、そういうのを試しながら作るのも楽しいんです」

 

なるほどねえ。

まったく失礼な話ですが、こうやってお酒を一口いただいて、この器の実力が本当に分かったような気がしました。見ているだけでももちろん美しいです。でも、武藤さんはきっとこの感覚を知ってほしくて、この器を作ったんだろうなとさえ思えました。漆の器とお酒の相性がぴったり。

 

「こだわっているのか、こだわっていないのか。やり続けていれば、なにか形になると思うんですよね。自分の場合は漆にもっと目を向けてみたい。その想いだけなんです」

 

「一つのことを飽きずに続けられるその信念と、それを実行できる集中力がすごいですね」

 

地元のお酒を注いでいただき、目の前の職人さんが作った漆100%の器でやる。なんて贅沢な

きっかけは夏休みの味噌汁

そんなことを話していると、武藤さんがクスッと笑って教えてくれました。

 

「飽きずにってのはありますね。実はさっき言った『やり続ければ形になる』っていうのは、小学校の頃の体験がきっかけなんです」

 

「小学校ですか?」

 

「3年生の夏休みの頃、たまたま一人で昼ご飯を食べる日があったんです。うちは職人の家なので、両親のどっちかはほぼ必ず家にいたので、一人で食べるというのは珍しいことなんですね。それで母親に言われた通りに、お昼になるとご飯とおかず、そして味噌汁を用意して食べ始めました。

その時に、なぜか分からないのですが、味噌汁を食べようと思って、僕は箸の先を味噌汁にちょっとつけて、口に運んで舐めてみたんですね」

 

「あー。昔のマンガなんかで、作家がペンの先をちょろっと舐めるシーンがありましたけど、あんな感じですね」

 

「そうです。でもそしたら、なぜかそれが止められなくなってしまって、一人だったのをいいことに箸の先を味噌汁につけては舐めを、延々と繰り返していたんです」

 

「ほー……」

 

「どれぐらいの時間やっていたのか分かりませんが、本当に無心になって繰り返していました。そして気づいたら、味噌汁が減っていたんですよ」

 

「!!!」

 

一瞬、言葉が出ませんでした。そう来ましたか!

確かにほんのちょっとずつでも、一回ずつ確実に味噌汁は減っていたわけです。でも、それにしても、目で見て減った量が分かるほど繰り返すって……。

 

「自分でも笑ってしまうのですが、その経験が “続ければなにか起きる” のきっかけだったような気がしています」

 

武藤さんは照れ臭そうに笑っていましたし、その話を聞いたこちらも笑ってしまいました。ただ、この日ここまで武藤さんの話を聞いていて、その信念というか続けることの原動力を強く感じていたので、“味噌汁事件” にも妙に説得力がありました。

 それにしても――。

 どれだけの時間繰り返してたんだろ? 味噌汁ペロペロ。 

 

枠にはまってから、飛び出す

工房に入るとピカピカに塗られた木の板が目に入ります。仏壇に使う壁板です。

その壁板は木の板のはずですが、漆を塗られた一枚板は、よく磨かれた石とか金属とか、木とは違う物質に見えます。思えば漆って、こんなに大きなものに塗られているものを見る経験があまりないな。器とか皿とか、漆器なら手の中に収まるサイズです。でもここにある漆塗りは、長さで言えばテーブルほどのサイズがあります。

 

大きな窓から夏の午後の光が入って、その光の加減なんでしょうが、黒のような藍のような、独特な色合いで深く何重にも積み重なっているのが見てとれます。そしてなんといっても、艶ですよね。漆の特徴って。正直、これまで見てきた仏壇ってたいていは部屋の奥にあるものだし、見ても「きれいだなあ」と思ったことはなかったのですが、いま目の前にある一枚の板、これから仏壇になっていく漆塗りの板は、惚れ惚れするぐらいに美しい。

武藤さんが学生の頃、久しぶりに実家に帰って目にし、感動して進むべき道を決めた光景――。

うん。その気持ち、少しだけ分かります。

 

枠にはまらない、常識を超えた、規格外、そんなことをたまに耳にします。ならば枠にはまらないために大事なことってなんでしょうか?

それは、枠をよく知ることなんじゃないかなと。

 

武藤さんは仏壇職人として、伝統に培われ、積み上げられることで築かれた枠にはまることを目指して経験を積み、その結果、枠をあますことなく使い切り、能力を発揮するレベルにまで到達したのだと思います。でも、おもしろいのはそこで終わらなかった。興味と関心の赴くままに、おそらく無意識に、気づいたらその枠から飛び出てしまった。枠をきっちりと明確に自分のものにしたからこそ、その枠をどう超え、どの方向からなら飛び出せるかが見えたわけです。枠にはまったからこそ見えた世界、武藤さんが今いるのはそんな世界な気がします。

 武藤さんの漆100%のグラスはとても魅力的です。でもここで話をうかがって、自分としてはあらためて漆自体の素晴らしさ、また面白さを感じることができました。自分の目も、いったん枠の外から漆の世界を見ることができるようになったのかも――と言ったら大げさでしょうか。

 ならば、自分も新しい目を持って、もう一度世界を見直してみよう。

 だから職人さんの話っておもしろい。

色を出す金属が混ざる前の“生”の漆。こんな色なんだ
色を出す金属が混ざる前の“生”の漆。こんな色なんだ